石の家にて
「はい。本当に何とお礼を言ったらいいのか……ありがとうございます。ありがとうございます。どうか留守の間の事、よろしくお願いいたします」
目を潤ませたタキスの言葉に、テーブルの上に並んだシルフ達の先頭の子が笑顔で大きく頷き、その後ろに並んだシルフ達も次々に口を開いた。
『どうぞお任せください』
『今では私やアンフィーも』
『シャーリーやヘミングがすっかり慣れてくれましたので』
『直接のお世話も出来ますからね』
『どうぞ遠慮なくオルダムへ行ってください』
『そしてレイルズ様の晴れ舞台を』
『その目で見届けてきてください』
『きっと一生忘れられない出来事となるでしょうからね』
『そのお手伝いをさせていただけるのならば』
『私にとってもこれ以上ないくらいに名誉な事ですよ』
並んだシルフ達が、笑顔でシヴァ将軍の言葉を伝えてくれる。
もう、その言葉を聞いて声もなく泣き崩れるタキスの肩を、こちらも目を潤ませたニコスがそっと横から抱きしめた。そして一つ深呼吸をしたニコスは、改めて並んだシルフ達に向き直った。
「シヴァ将軍。ニコスです。本当に、本当にありがとうございます。実を申し上げますと、例え何があろうとも、タキスだけはレイルズの叙任式に立ち合わせてやろうと、ギードといつもそう話していたのです。オルダムは遠い街です。決して気軽に行ける距離ではありません。行って帰ってくるだけでも、騎竜に乗って行ったとしても何日もかかります。家畜や騎獣達がいるここをそんな長期間留守にするわけにはいきません。ですから叙任式の際には家族の代表としてタキスをオルダムへ行かせ、我らは残るつもりでした。それなのに……それなのにまさか、まさか我々まで一緒にオルダムへ行かせていただけるとは……本当に、心から感謝いたします……」
「感謝、いたし、ます……」
そう言って深々と頭を下げたニコスの横では、こちらも目を真っ赤にしたギードが同じくそう言って深々と頭を下げている。
『ニコスもギードも』
『レイルズ様のご家族なのですから』
『遠慮はいりませんよ』
『どうぞ胸を張って行ってきてください』
『ですがそこからオルダムまではお言葉の通りに』
『行って帰るだけでもかなりの長旅となります』
『なので当日まで体調をしっかりと整えておかれますよう』
『風邪などお召しになりませぬよう』
『充分ご注意くださいね』
最後は少しおどけた様子の口調でそう言いながら笑っている。
それを見て、タキス達も揃って困ったように泣きながら笑っていた。
『アンフィー』
『そこにいるお前が』
『当日まで皆様をしっかりお支えするんだぞ』
「は、はい! もちろんです!」
ギードの横で、もう辺りを憚らず先ほどからずっと号泣していたアンフィーは、急にシヴァ将軍に話しかけられて慌てたように顔を上げて立ち上がり、直立したままそう答えて敬礼をしてみせた。
それを見たタキス達が、揃って吹き出す。
何しろアンフィーの周りでは、呼びもしないのに集まって来ていた大勢のシルフ達が、一緒になって揃ってアンフィーの真似をして敬礼のポーズを取っていたのだから。
揃って急に吹き出す三人を見て、ここでは唯一聖霊が見えないアンフィーは不思議そうに首を傾げていたのだった。
話を終えて手を振りながら次々にいなくなる伝言のシルフ達を見送ったタキス達三人とアンフィーは、ため息を吐いてから顔を見合わせ、もう一度全員揃って頷き合い、アンフィーはギードと、タキスはニコスと手を取り合ってお互いにしがみつくようにして声を上げて号泣したのだった。
「はあ……もう、涙が、いくらでも、出て、きます、ね……」
手拭き布で目を押さえたタキスが、大きなため息を吐いてから苦笑いしつつそう呟く。
「全くじゃ。しかし、これほどに、泣けば、本当に、目が、溶けて、しまうやも、しれぬ、のう……」
しゃくりあげながら、飲みかけていたグラスを握りしめたギードが小さくそう呟きテーブルに突っ伏す。
ニコスは広げた手拭き布に顔を埋めたまま、何度も頷いているだけで言葉も出ない有様だ。
そんな彼らを見て、またしても号泣しているアンフィーだった。
事の起こりは数日前に遡る。
突然のルークから寄越された複数の伝言のシルフ達が並ぶ様を見て、タキス達はレイに何かあったのかと本気で慌てたのだ。
だが、伝言のシルフ達から告げられたのは、ほぼ決まったらしいレイの叙任式の日程についてだった。
喜びに歓声をあげた三人を見て、一緒にいたアンフィーも笑顔で拍手をしていた。
しかし、ルークから告げられた叙任式に参列して欲しいとの言葉に、最初、タキスを含め誰も頷かなかった。
ニコスとギードが二人がかりで、我らの代表としてタキスだけでもオルダムへ行って欲しいと言ったのだが、タキスは、自分だけそんな勝手は出来ないの一点張りで取り付く島もない。
見兼ねたアンフィーが、それならば自分は残るのだから三人行ってくればいいと言ったのだが、その提案には三人が揃って、ここでの仕事を一人で全部するなんて無茶ですと言って、これまた話が続かない。
ちょっと調整しますね。と困ったように言っただけで話を終えたルークからの伝言のシルフ達が、手を振って消えていくのを見送った一同は、密かに揃ってため息を吐いた。
タキスは、これでルークは自分達をオルダムに呼ぶのは諦めてくれただろうと考え、ニコスとギードは、タキスだけでもオルダムへ行かせるにはどうすればいいかを本気で考え、アンフィーは、三人をオルダムに行かせるにはどうやって説得すればいいかを、これまた真剣に考えていたのだった。
しかし、数日後に再び寄越されたルークからの伝言のシルフ達が告げてくれたその驚きの解決策の提案に、アンフィーは感心したように声を上げて大きく頷き、タキス達三人は驚きのあまり言葉もなく伝言のシルフ達を見つめていたのだった。
いくつか叙任式に関する話をした後、では、詳しい打ち合わせは直接してくださいねとのルークの言葉を告げて伝言のシルフ達が消えて行った直後、新たな伝言のシルフ達が現れて並んで座り、彼らの代わりの留守番役を引き受けてくれたシヴァ将軍からの言葉を告げてくれて、三人は揃って感激の涙を、アンフィーは安堵の涙を流す事になったのだった。




