大騒ぎの始まり?
「準備完了! どう? これでいいかな?」
身支度を整えて剣帯を締めて剣を装着したレイは、嬉しそうにそう言って軽く両手を広げたままくるりと回ってラスティに背中側を見せた。
「お待ちを。少しシワが寄っています。はい、これでいいですよ。ではいってらっしゃいませ」
剣帯に引っ張られてわずかに寄った背中のしわを直してやったラスティが笑顔でそう言い、そのまま軽くレイの背中を叩く。
「はあい、じゃあいってきます。あ! そうだ!」
行きかけたレイが、急にそう言って足を止めてラスティを振り返る。
「はい、いかがいたしましたか?」
何事かと驚いたラスティが、慌てたようにそう言ってレイを見上げる。
「えっと、質問というか確認なんだけど、降誕祭の前からこっち、僕、何も考えずにたくさんの金額指定札を書いているんだけど、口座の残高って大丈夫ですか? 今日も色々使うみたいだし……」
もじもじしながら言われた言葉に、ラスティは咄嗟に吹き出しそうになるのを腹筋に力を入れて歯を食いしばって堪えた。
「こほん。失礼しました」
軽く咳払いをして背筋を伸ばしたラスティは、にっこり笑って自分を見つめるレイに頷いて見せた。
「ご心配いただかずとも大丈夫ですよ。レイルズ様の口座には充分な金額が入金されておりますので、少々使ったくらいではほとんど減りません。どうぞ安心して遠慮なく、お好きなだけ金額指定札をお使いください」
「そうなんだね。良かった。じゃあ今日も頑張ってたくさん寄付してきます!」
ラスティの言葉に安堵したように笑って嬉しそうに目を輝かせるレイに、ラスティも笑顔で大きく頷いて見せたのだった。
「なあ、ジャスミン達からは、人形のドレスや小物なんかで良さそうなのがあれば、協賛するから競り落としてくれって言われているんだけど、どう思う? 何か一つでも落とせるかな?」
廊下でレイはルークと若竜三人組と合流して歩いて本部を出て行った。
本部の建物を出て渡り廊下を歩いていると、前を歩くルークとロベリオが顔を寄せてそんな話をしているのが聞こえてきて、レイは思わず目を見開いた。
「それ、僕も彼女達から頼まれているんだけど、ちょっとどれくらいの資金を用意すればいいのか全然分からないから、ここは経験豊富な先輩方にお任せします! もちろん資金面では協賛しますので、競りはよろしくお願いします!」
すると、笑ったタドラが右手を上げて笑いながらそう言って前を歩くロベリオの背中を叩いたのだ。
「ええ、丸投げかよ。でもまあ、その方が良さそうだな。マイリー達とも相談して、何か良さそうなのがあれば協力して頑張ってみようかなあ」
苦笑いするロベリオの言葉に、ルークとユージンも頷きながら笑っている。
「ええ、ちょっと待ってください! 競り落とすのってそんなに大変なの?」
一人全く状況が分かっていないレイの言葉に、彼以外の全員が揃って吹き出す。
「おう、言っておくけど本当に戦いだぞ。まあ、こういう夜会はレイルズ君にとっては初めての経験だろうからな。楽しみにしているといいよ。降誕祭前の寄付集めの夜会よりも、おそらく今回の方が大騒ぎ具合は上だろうからさ」
笑ったルークの言葉に絶句するレイ。
「えっと、それって……」
「言っただろう? 今回は、レイルズ君が出品してくれた裁縫箱やトランクだけじゃあなく、俺の支援する技術支援学校や女神の神殿の方達なんかが、皆頑張って凄いのをたくさん用意してくれたんだよ。あれを見た全員が、間違いなく競り落とそうと張り切るだろうからさ。どれくらいの高値がつくのか、俺は正直言って怖いよ」
肩をすくめたルークの言葉に、思わずタドラと顔を見合わせる。
「えっと……」
「まあ、僕もそうなるだろうと予想はしているよ。ちなみに、レイルズが出品したあの天体観測室のあるドールハウス。あれは間違いなく相当な高値になるよ」
真顔のタドラにまでそんな事を言われて、またしても絶句するレイだった。
「おお、人がいっぱいだ。そして、見本の前はちょっと近づけないくらいの人の多さだなあ」
会場に到着した途端に、広い会場の壁面に集まっている大勢の人達を見て呆れたようなルークが苦笑いしながらそう言い、レイとタドラはもう驚きのあまり瞬きも忘れて壁面に集まって興奮気味に話をしている人達を見ていた。
「えっと、あの人達って何をしているんですか?」
会場に入って横にずれて集まったところで、レイがまだ壁面に集まる人達を見たままそう尋ねる。
「お前の身長なら見えるんじゃあないか? あの人混みの奥にある壁面に、今回の競りに出品される品々が飾られているんだよ。参加者達は、それを見てどれが欲しいかあらかじめ見当をつけて予算を準備するわけだよ。まあ、競りが始まれば、その予算がどれくらい順当だったか分かるわけなんだけどさ」
「そっか。少ない予算しか無かったら、最初の頃しか競りに参加出来ないんだね」
背伸びしつつ競りの仕組みを思い出したレイの言葉に、ルーク達が頷く。
「あ、本当だ。壁面が全部ガラス戸の付いた棚になっていて、色んなものが並んでいるよ。ああ、僕の出品したドールハウスもあるね」
最後は小さな声で嬉しそうにそう言って、もう一度背伸びをして壁面を見る。
「ここからでも見えるくらいの上の段に飾られているって事は、間違いなく最高評価の品だな。まあこれは予想通りだけど、人形の小物関係はどうなっているのかはちょっと気になるよな」
ルーク達も興味津々で背伸びをしているが、残念ながらここからでは全く何も見えない。
しばらくその場で待っていると、次第に人が移動し始めたようだ。
今までは壁面の真ん中辺りに主に集まっていた人達が、会場に戻って来る人達と、左右に分かれて別の棚を見に行く人達に分かれて動き始めたのだ。
「お、来ていたのか」
見に行こうかと行きかけたところで聞こえた声に振り返ると、マイリーとカウリがこっちへ歩いてくるところだった。
「はい、少し前に来たんですけど、あまりの人の多さにまだ見本を一つも見れていません」
苦笑いするルークの言葉に、マイリーは持っていた紙の束を差し出した。
「一応、今回の出品一覧だよ。知り合いに頼んで協賛金に参加して手に入れた。競りの開始金額を見て、カウリと二人でさっきから大笑いしていたところだよ」
「おお、よく手に入りましたね。見せてもらいます!」
目を見開いたルークがそう言い、近くにあった立ったまま使えるように用意されているテーブルを一つ確保してそこに広げる。
ロベリオが手招きしてくれたので、レイとタドラも横からテーブルに並べられた紙を覗き込んだ。
「うわっ、すごい金額!」
自分のドールハウスの横に書かれた金額を見て、思わず声を上げてしまったレイだった。
『おやおや、これはまた大騒ぎになるようだなあ』
彼の右肩に座ったブルーの使いのシルフの呆れたようの笑い声に、ルーク達も揃って苦笑いしていたのだった。




