それぞれの夜更かしの始まり
「それではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。あまり夜更かししないようにね」
ジャスミンとニーカが侍女達に付き添われて立ち上がったのを見て、笑ったレイがそう言って手を振る。
「大丈夫よ。今夜は、少しくらいは夜更かししても良いって許可をもらっているんです!」
「だからいっぱい遊ぶんだもんね!」
「ね〜〜!」
笑って顔を見合わせたジャスミンとニーカは、それはそれは嬉しそうにそう言って頷き合っている。彼女達の背後に控えている侍女達も、その言葉に苦笑いしつつ頷いている。
「えっと、夜更かしするのに許可がいるの?」
不思議そうにレイがそう呟き、見送りに立ち上がったマークとキムも不思議そうに首を傾げている。
「普段の本部では、彼女達が夜休む部屋は当然違うから、仮にこっそり夜更かししたとしても二人が一緒に遊ぶ事は出来まい?」
笑ったヴィゴの説明に、納得したレイ達が揃って頷く。
確かに、一旦おやすみなさいと言って部屋に入ってしまったら、侍女や護衛の人達の目を盗んで部屋から出る事は出来ないだろう。
「じゃあもしかして、今夜二人が泊まるお部屋って……?」
「はい、ご一緒のお部屋に広いベッドをご用意させていただきました」
当然とばかりに頷くアルベルトの答えに、レイも笑って頷く。
「そっか。じゃあ貴重な夜更かし出来る夜なんだね。明日、本部に戻るのはゆっくりでいいって聞いているから、遠慮なく遊べるね」
「ええ、そう聞いているわ」
ジャスミンが嬉しそうにそう言い、二人は優雅に一礼してから歓談室を後にしたのだった。
「夜更かしするのに許可がいるなんて、女の子って大変なんだね」
扉が閉まったところで改めて座り直したレイが、残りの貴腐ワインを飲み干してから感心したようにそう呟く。
「彼女達の教育係を担当しているべルナー夫人は、かなり厳しいお方だと聞いているからな。だが、話を聞く限り誰かさんと同じで彼女達も相当に真面目らしいよ。山ほど用意されている様々な勉強をたまに泣き言を言うくらいで文句の一つも言わずに黙々とこなし、複雑なマナーや礼儀作法に関しても驚くくらいに覚えるのが早いらしい。それに来月からニーカは、神殿に納める舞だけでなくダンスの練習も始めるらしいぞ。だからべルナー夫人も、たまには彼女達にも息抜きが必要だと考えてくれたみたいだな」
彼女達の日常について詳しい報告を聞いているマイリーがそう教えてくれ、レイは笑顔で大きく頷いた。
「彼女達も頑張ってるんだね。えっと、ところでその誰かさんって……誰の事ですか?」
ただ一人、誰の事なのかを理解していない無邪気なその質問に、レイ以外の全員が揃って苦笑いしていたのだった。
「じゃあ、今夜はここで解散かな。どうします? 最終日だしやっぱりやりますか?」
残っていたブランデーを飲み干してから立ち上がったルークが、にんまりと笑って何かを振るふりをする。
「そりゃあお前……やるよな?」
同じく、ブランデーを飲み干したロベリオ達が揃ってにんまりしながらレイ達を振り返る。
揃って満面の笑みで頷くレイ達を見て、全員揃って吹き出す。
「よし、それじゃあ湯を使って着替えたらレイルズの部屋に集合だな」
これまたにんまりと笑ったマイリーの言葉に、ルークとヴィゴが揃って吹きだす。
「お、お手柔らかに!」
焦ったマークの叫びに笑いが起こり、一旦それぞれの部屋に帰っていった。
「マジで、またマイリー様やヴィゴ様まで参加なさるのか〜〜」
「うああ、逃げられるかなあ」
部屋に戻りながら頭を抱えるマークとキムの呟きに、レイも困ったように笑っている。
「えっと、遠慮はいらないって言われているんだから、逆にそんなに遠慮して逃げ回る方が駄目だと思うけど?」
「いや、お前。いくらいいって言われても、なあ!」
「だよなあ……だけど、冷静に考えたら、枕とはいえ、俺達が、マイリー様やヴィゴ様を、遠慮なく殴れる機会なんて……常識的に考えて、絶対に有り得ないんだから、まあ確かに、いい機会といえば、そうかも、しれない、気がしてきたぞ……」
マークは焦ったようにそう言って首を振っているが、腕を組んで考え込んでいたキムが小さくそう呟き始め、レイは満面の笑みで何度も頷いた。
「じゃあさ。僕も手伝うからマイリーとヴィゴに一撃入れて見ない?」
「冗談抜きで、本当にいいのか?」
「大丈夫だって!」
笑顔で断言するレイの言葉に、二人も揃って満面の笑みになった。
「じゃあ、今夜限りって事で!」
「いきますか?」
「うん! いこうね!」
笑顔で手を叩き合う三人を見て、ブルーの使いのシルフは呆れたように笑っていたのだった。
一方、部屋に戻ったジャスミンとニーカは、部屋に用意されていた人形や様々な道具の数々を見て揃って喜びの歓声をあげた。
「じゃあ、交代で湯を使っている間にまずは着せ替えからね!」
先にニーカが湯を使い、その間にジャスミンが人形を取り出して並べ早速着せ替えを始めていた。
ニーカが戻ってきたところで交代したジャスミンが湯殿へ向かい、ニーカも嬉々として新しい人形にドレスを着せていった。
「凄いね。こんなにたくさんのお人形やお道具。もしかして私達の為に用意してくれたのかな?」
ジャスミンが戻ってきたところでそれぞれ好きな人形を選んでドレスや軍服や騎士服などを着せつけていく。
まだ若干動きの硬い人形の手足をゆっくりと動かしながら、ニーカが感心したように小さな声でそう呟いて手にしていた人形をそっと撫でた。
『そうだね』
『これはここの人達が二人の為に用意してくれたものだね』
笑ったクロサイトの使いのシルフの言葉に、思わず手が止まる。
「ねえ、それじゃあ私達が帰ったらこのお人形はどうなるの? レイルズも道具作りの参考用に一通りは持っているって言っていたけど、こんなにたくさんは要らないわよね?」
慌てたようなニーカの言葉に、ジャスミンも苦笑いしながら手にした人形を見る。
「なんなら、このまま全部まとめて私達に引き取らせてもらってもいいかもね」
「それがいいわね! これだけあれば好きに遊べるわ」
顔を見合わせた二人は揃って頷きあい、大喜びで遊び始めたのだった。
『じゃあ僕もお手伝いしようかなあ』
『それなら私も参加しますよ』
クロサイトとルチルの使いのシルフが、楽しそうにそう言いながら椅子に座らせていた人形をそっと叩く。
集まってきたシルフ達が人形を好きに動かし始めるのを見て驚きの声を上げたジャスミンとニーカだったが、すぐに目を輝かせてそれぞれの人形を手に取り、そこからはシルフ達も参加して楽しい人形遊びが繰り広げられたのだった。




