二人の装い
「あれ、誰もいないね。ここで着替えているんじゃあないの?」
アルベルトに案内された部屋には誰もいなくて、驚いたようにそう言ったレイがアルベルトを振り返る。
「お前、無茶言うなって。女性が着替えをしている部屋に乱入する気か? そんな恐ろしい事をしたら例え竜騎士見習い様でも護衛の人達に蹴り出されるぞ。袋叩きだぞ!」
呆れたようなマークにそう言われて、小さく舌を出して笑ったレイだった。
「あはは、確かにそうだね。袋叩きは僕も遠慮したいです。えっと、じゃあここで待っていればいいんだね?」
「はい、お嬢様方のご準備が予定よりも少々お時間がかかっておられるようですので、まずはこちらでお待ちください。準備が整いましたたらこちらへお嬢様方をお連れいたしますので、そのままご一緒に夕食会のお部屋へお嬢様方をご案内ください」
「はあい、じゃあここで待っていればいいんだね」
笑って装着していた剣を外して剣置き場に置いたレイが部屋にあった大きなソファーに座るのを見て、マークも慌てて自分の剣を外してレイの剣の横に置いてからレイの隣に座った。
顔を見合わせて苦笑いした二人は、そのままジャスミンとニーカの準備が整うのをおとなしく待っていたのだった。
「うわあ、ジャスミン素敵! すっごく大人の女性って感じ!」
化粧を終え、結い上げた髪に大粒のルチルクオーツが嵌め込まれた簪を差し込んだところで、横で見ていたニーカが感激したようにそう言って小さく拍手をした。
今夜のジャスミンの装いは、真っ白なレースをあしらった青のむら染めのドレスで、襟元は詰まっているのだが、逆に少し背中側は少し開いた形になっていて、細身で体の形に沿ったドレスの裾は長く、彼女のスタイルの良さを見せる仕様になっているので、普段よりも大人びて見える。
ドレスの首元には、髪飾りとお揃いの大粒のルチルクオーツがいくつも嵌め込まれたペンダントが輝きを放っている。
「ここまで改まったドレスは私も初めてだわ。ちょっと緊張してきたかも」
小さく笑って、それでも嬉しそうに笑うジャスミンを見て、ニーカもこれ以上ないくらいの笑顔になるのだった。
一方、ニーカの着ているドレスはやや赤みの強いピンク色で、こちらはレースのフリルをふんだんに使ったふんわりとした形の可愛らしい装いになっている。
襟元のフリルと背中側の腰のところで大きく結ばれたリボンは、神殿の僧侶達が編んでくれた見事なレースが使われている。
しかし今夜のニーカのドレスの裾は、普段着ているものよりもかなり長めで靴の先が少し見えるくらいだ。
とはいえジャスミンのドレスとは違って全体にふんわりとした形で、背中は開いてはいない。
まだ短くてジャスミンのように結い上げられないニーカの髪には、先ほどまでとはまた違った髪留めが飾られていて、胸元には髪留めとお揃いの仕様になった小さなネックレスを身に付けている。
全体に可愛らしく仕上がったニーカの装いはジャスミンのそれとは対照的で、これはあくまでも改まった場に出る際の子供の装いなのだ。
「裾の長いドレスを着て歩く時の注意事項は覚えているわね?」
笑ったジャスミンにそう言われて、笑顔で頷いたニーカは少しだけドレスを摘んでから優雅に一礼してみせた。
「こうでしょう? 中から〜裾を蹴るようにして〜〜ゆっくり〜〜歩く〜〜」
笑って背筋を伸ばすと、即興で歌いながらジャスミンの周りをゆっくりと歩いてみせた。
「そうそう、とっても上手よ。じゃあ行きましょうか」
笑って手を叩き合った二人を見て、大仕事を終えた侍女達も揃って笑顔で大きく頷く。
「はい、ではご案内いたします」
その言葉に笑顔で頷き合った二人は、侍女達の案内に従い部屋を出ていった。
ルチルの使いのシルフとクロサイトの使いのシルフは、そんな彼女達の後を追って一緒に部屋を出て行ったのだった。
「お待たせいたしました。ジャスミン様とニーカ様のご準備が整われたとのことですので、ご準備をお願いいたします」
する事が無くて揃ってソファーに並んで座ったままぼんやりとしていたレイとマークに、アルベルトがやや大きめの声でそう言って一礼する。
「ああ、そうなんだね。はい、行きます!」
慌てたようにそう言ったレイが、ソファーから立ち上がって外していた剣を装着する。
それを見て立ち上がったマークも、同じく外していた剣を装着してから背筋を伸ばした。
お互いの背中の皺を伸ばし合ってから、揃って小さなため息を吐いた。
「どんなドレスなんだろうね?」
「そうだな。一番に見るんだからな。ちょっと楽しみだよ」
少し照れたように笑いながら、レイの言葉にマークも笑って頷く。
その時、軽いノックの音がして慌てた二人が扉を振り返る。
「失礼致します」
執事に伴われて入ってきたジャスミンとニーカを見て、マークは咄嗟に反応出来なかった。
驚きのあまりぽかんと口を開けたまま、部屋に入ってきたところで足を止めたジャスミンをただただ見つめる事しか出来ないでいた。
「うわあ、ジャスミンもニーカもすっごく綺麗だね。そのドレスとてもよく似合っているよ!」
一方のレイは、入ってきた二人を見るなり目を輝かせてそう言い、当然のようにニーカに駆け寄り彼女に手を差し出した。
「ではご案内いたしますので、お手をどうぞ」
レイとニーカでは身長が違いすぎるので、大人の女性にするように左腕に掴まってもらう形にすると、残念ながらニーカがレイの腕にぶら下がるみたいになってしまう。その為、左手を握って歩く形にするのだ。
「ええ、よろしくお願いします」
その辺りはさすがにわかったニーカが、笑顔でレイの手を取る。
しかし、その後に続くはずのマークは全くの無反応で、瞬きもせずにジャスミンを見つめたまま固まっている。
そしてジャスミンも同じくらいに固まったまま、無言でマークを見つめている。
顔を見合わせて小さく吹き出したレイとニーカは、何も言わずにそんな二人を黙って見つめていたのだった。




