案内役のご指名?
「レイルズ様。夕食の準備が整いましたので、ひとまず読書はお休みいただけますでしょうか」
夢中になって光の精霊魔法に関する本を読んでいたレイは、執事のアルベルトから静かな声で話しかけられて、読書の手を止めて顔を上げた。
「はあい、えっと、それじゃあ夕食なんだって。行こうか」
隣で同じく光の精霊魔法に関する本を読んでいたマークと、本を流し読みしながら大量のメモを量産していたキムも慌てて顔を上げる。
「夕食に行くのはいいけど、これはちょっと散らかしすぎだな」
机に描き散らかしたメモの山を見て、キムが苦笑いしている。
「食事が終わってからまたここへ戻ってきて片付けよう。だから今はそのままでいいよ。えっと、この机の上はそのままにしておいてね」
書斎担当の執事にそう言って、読みかけていた本に栞を挟んで本の山の横にそっと置いた。
「かしこまりました。ではこちらの机はそのままにしておきます」
「はい、よろしくね。えっと、じゃあ行こうか」
立ち上がったレイの言葉に、それぞれソファーに座って好きに本を読んだり陣取り盤を前に攻略本を見ていた皆がそれぞれに立ち上がった。
立ちあがろうとするマイリーにヴィゴが手を貸しているのを見て、マイリーの元へ行きかけたレイは小さく笑って扉を見た。
しかし、そのまま書斎を出て行こうとしたところでアルベルトの咳払いが聞こえて驚いて振り返る。
「恐れ入りますが、レイルズ様とマーク軍曹には、お嬢様方の案内役をお願いしてもよろしいでしょうか」
「え? 俺が案内役ですか?」
突然名指しされたマークが、驚いたようにそう言ってアルベルトを見る。
「はい、ではこちらへお願いいたします」
特に何の説明もないままそう言われて、マークは戸惑うようにレイを振り返った。
「えっと……」
レイも戸惑っていたようだが、不意に小さく手を叩いてにっこりと笑った。
「ああ、これはわかった! えっとね、さっきルークが言ったみたいに、今夜の夕食の席は、本読みの会最後の夕食だから少しだけだけ改まった席にしてくれたみたいなの。そういった場では、招待客である女性を一人で夕食会をする部屋に来させるんじゃあなくて、当主、えっとこの場合は僕になるんだけど、当主やそのお客様に関係のある人が案内役を務めて夕食のある部屋まで女性を案内するんだ。結婚しておられる女性ならその役は夫が務めるんだけど、二人とも独身、っていうか未成年だもんね。だからこの場合は、僕がニーカを、ジャスミンをマークが案内する事に……なるんだよね?」
最後は自信無さげにアルベルトを振り返りながらそう言って笑う。
「はい、レイルズ様のおっしゃる通りでございます」
にっこりと笑ったアルベルトの答えを聞いて、唐突にマークは真っ赤になり、隣で一緒に話を聞いていたキムは遠慮なく吹き出してマークの背中を力一杯叩いた。
「ご指名だ! 行ってこい! 行かないなら俺が行くぞ!」
「も、もちろん俺が行くよ!」
真っ赤になりつつも即答するマークを見て、黙って一緒に聞いていた竜騎士達も揃って吹き出したのだった。
一方、一旦書斎を辞して着替えの為の部屋に案内されたジャスミンとニーカは、待ち構えていた侍女達に取り囲まれていた。
今夜はここに彼女達も泊まるので、普段の彼女達の身近に仕える侍女達だけでなく、ディレント公爵家から応援の侍女達が来ていて準備万端に整えてくれている。
「よろしくね」
ジャスミンは当然のように笑顔でそう言い、されるがままに来ていたドレスを脱ぎ始めたが、ニーカは初めて見る大勢の侍女達に気後れしたようで、絶句したまま胸元に手をやって固まってしまった。
「ニーカ、構わないから楽にしていいわよ。皆が整えてくれるからね」
「はい、お手伝いいたしますので、どうぞ楽になさっていてください」
ジャスミンの言葉に続き、ニーカの侍女であるシェリンとアンジェが揃って笑顔でそう言ってくれる。
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
素直にそう言って一礼したニーカも、そのあとはされるがままにドレスを脱いで準備を始めたのだった。
「なあ、案内って……具体的にはどうするんだ?」
アルベルトの案内で廊下を歩きながら、マークが小さな声でレイに尋ねる。
「そんなに難しく考えなくていいよ。この場合は、こんなふうに腕を貸してそのまま一緒に夕食をいただく部屋まで一緒に行くだけだよ」
笑顔でレイがそう言って自分の左腕を軽く曲げて腰に当てて見せる。
「そ、それだけ?」
「そうだよ。簡単でしょう?」
「ま、まあそれくらいなら、何とかなる、かな……」
自信なさげにそう呟くマークを、彼の頭上に現れたジャスミンの伴侶の竜であるルチルの使いのシルフが愛おしげに見つめていた事に、緊張のあまりひたすらに前を向いて歩いていたマークは全く気がついていなかったのだった。
『今夜のジャスミンは本当に美しいですからね』
『きっと彼もジャスミンに惚れ直してくれるでしょうね』
ルチルの使いのシルフの嬉しそうな呟きに、隣に現れたクロサイトの使いのシルフも嬉しそうに笑って頷いている。
『確かに美しかったな。あの彼女を見た時の、軍曹殿の反応が今から楽しみだよ。感動のあまり気絶せぬように祈っておいてやろう』
隣に現れたブルーの使いのシルフの言葉に、ルチルとクロサイトの使いのシルフ達だけでなく、呼びもしないのに勝手に集まってきた大勢のシルフ達が、揃って楽しそうにうんうんと頷いていたのだった。




