ニーカのドレスと人形のドレス
「ねえ、一応、言われた通りに自分で選んでみたんだけど……このドレスでどうかしら? おかしくない?」
「うん、すっごくよく似合ってるわよ」
少し恥ずかしそうなニーカの言葉に、ジャスミンは目を輝かせてうんうんと何度も頷いて小さく拍手をしてみせた。
今日のニーカの装いは、襟元に真っ白なレースをあしらった薄い水色のふんわりとした丸いシルエットのドレスで、ごく薄い化粧によって頬と口元が少しだけ色付いていて、小柄な彼女をそれはそれは可愛らしく見せている。
ニーカの短い髪には、銀色の花の形をした可愛らしい髪留めが飾られている。その花の中心にはめられている綺麗にカットされた宝石は、彼女の伴侶の竜であるクロサイトの守護石であるロードクロサイトだ。
ジャスミンと違ってまだまだ短い彼女の髪は結い上げる事が出来ないので、普段からこめかみの上辺りに髪留めをして、少しだけ伸びてきた髪の毛が顔に落ちるのを防いでいる。
彼女の後ろでは、一仕事終えた侍女達がジャスミンの言葉に揃って嬉しそうに笑って胸を張っている。
「これだけのドレスを自分で選べたんだから、少しはドレスにも慣れてきたみたいね」
「無理言わないで! 今でも毎朝鏡の前で、ちゃんと写っているのが本当に自分なのか確認しているんだから!」
「こうやって手を上げて?」
「そうそう。順に右手と左手を上げて、鏡の中の自分が同じ事をするか確認しているわ」
笑って実際に右手を上げながらのジャスミンの言葉に、ニーカも同じように笑って左の手を上げて見せた。
それから顔を見合わせてもう一回笑い合い、手を取り合ってシルフ達がいつもしているようにくるりと一周回った。
それを見た、彼女達の頭上にいた何人ものシルフ達が、それを真似るかのように一緒になって手を取り合ってクルクルと回り始める。
『楽しい楽しい』
『おでかけおでかけ』
『ドレスも素敵』
『ふわふわクルクル』
『ふわふわクルクル』
『楽しいね〜〜〜!』
笑いさざめくシルフ達の声に、ジャスミンとニーカはもう一度揃って吹き出したのだった。
「ええと、瑠璃の屋敷に行くのは午後からだって聞いたけど、それまでって何をするの?」
今の彼女達がいるのは、本部の兵舎の女性専用の階である四階の休憩室だ。
「午前中は特に予定はないから好きにしていいんですって。なので私は、午前中にこれを仕上げようかと思って」
笑ったジャスミンが手にしているのは、極細の糸で編んでいる人形用のセーターだ。細い袖の部分を編めば、後は繋いで仕上げるだけだから彼女なら今日中に仕上げられるだろう。
ソファーの前に置かれたテーブルの上には、様々なドレスを着せ付けた人形がいくつも並べられている。
「あ、いいわね。じゃあ私はこのやりかけのレースを仕上げようっと」
そう言ったニーカが戸棚に置いてあった小箱から取り出したのは、こちらも極細のレース糸で編んでいる人形用の肩掛けだ。
しかもこれは、ジャスミンが作ってくれた人形用の豪華なドレスに合わせて、初めてデザインからニーカが考えたものなのだ。
だが、残念ながら編み図はまだ自分では描けなかったので、ニーカのドレスを作ってくれているドレス職人のモリスにお願いして描いてもらった。
彼女は、ニーカが考えた肩掛けの絵を見て、とても可愛いと褒めてくれた。
ニーカこだわりの丸い襟と丸くなった裾の部分は、編むのがかなり難しくてジャスミンに教えてもらって、それでも何度も編み直しをしている。
「せっかくだから、一体だけでも持っていけないかな」
テーブルの上に並べたドレスを着た人形達を見て、せっせとレースを編みながらニーカが小さくそう呟く。
「好きなだけ持って行けばいいと思うわよ。どうせ今日も馬車で行くんだし、大した荷物にはならないからね。じゃあ、後で木箱に入れておけばいいわね。さすがに、瑠璃の館に人形は無いだろうから、確かに持っていくべきね」
ジャスミンもそういって笑いながら、人形用の木箱を指差す。
「そうね、じゃあお願いします。あ、それならこのドレスも持って行っていいかしら。気に入っているもの」
笑ったニーカが、そう言って別の小箱からジャスミンに作ってもらったピンク色のフリルのついた華やかなドレスを取り出す。
「いいわよ。あ、じゃあララちゃんに着せておいてあげれば?」
「うん、じゃあそうする!」
彼女達は、何体もある人形それぞれに名前を付けていて、遊ぶ時には名前で呼んでいる。
「ララちゃん。じゃあお着替えしましょうね〜」
レース編みを一旦横に置いたニーカは、嬉しそうに言って人形を手に取り、着ていたドレスを脱がせ始めた。
実を言うと、これらのドレスはほぼ全て人間用のドレスと大差なく作られていて、着付けの際にも実際にドレスを着るのと変わらないほどに手間と時間が掛かる。
ゆるいとはいえしっかりと作られたコルセットを締め、アンダードレスを着付けてからドレスを着せる。ドレスによっては、パニエと呼ばれる下半身をふんわりと見せる為の専用のスカートも履かせる程だ。
もちろん下着もちゃんと用意されているので、今回はそのまま使い回すが、ドレスの色によっては下着も全部着替えさせる。
なので、これらを遊ぶ事によって、今までこういったドレスに接してこなかったニーカにまずドレスの作りそのものを理解してもらい、着る際にも、人形が着替えたように遠慮なく好きなドレスを着てもらえるようにと願って、様々な配慮がなされているのだ。
その辺りの事情をちゃんと理解しているジャスミンも、張り切って一緒に遊びつつ、わざと着付けるのに手間のかかるデザインのドレスを作ってあげたりもしているのだ。
「あれ? ここってこんなに緩んじゃあ駄目よね? ええと、どこを締めればいいのかしら?」
アンダードレスの背中部分の紐が解けて緩んでいたらしく、ニーカの着付けていた手が止まる。
「ほら、ここを引っ張って締めるのよ。押さえていてあげるから順番に引っ張ってごらん」
笑ったジャスミンが、手を伸ばして人形を押さえながら教える。
「ああ、こっちからなのね。ええと、ここを引いてこっちも引いて……」
納得したニーカがゆっくりと背中の紐を引くのを見て、ジャスミンも笑って人形を押さえてやる。
『手伝うよニーカ』
笑ったクロサイトの使いのシルフが現れて、少し斜めになっていた人形を横から抱く様にして支えてくれる。
「ありがとうね。あ、これで上手く締まったわね。ええと、次は、このドレスを着せる時には、先に腕を通して……」
小さく呟きながら、それはそれは真剣な様子で人形にドレスを着付けするニーカを、クロサイトの使いのシルフは、もうこれ以上ないくらいのとろけそうな優しい眼差しでずっと見つめていたのだった。




