読書の時間
「はあ、それじゃあここからはのんびり本を読ませてもらおうっと」
ジョシュア達を見送ってから書斎へ戻ってきたレイは、小さくそう呟いて読みかけていた本を手にソファーに座った。
「えっと、ところで今夜はどうするの? 人数は少なくなっちゃったけど、また遊びますか?」
本を開いたところでふと気がついて顔を上げたレイが、一旦本を置いてから少し離れたソファーに座って本を読んでいたルークに小さな声でそう尋ねる。手は近くにあったクッションを持って軽く振り回す仕草をしながらだ。
「ああ、そうだなあ。一昨日はマイリー達大人組も参加しての枕戦争で、昨日は大人数での陣取り合戦。さすがに三日連続はちょっと色々と勘弁して欲しいなあ。寝不足すぎて帰る時にラプトルから落っこちそうだ」
笑ったルークの言葉にロベリオ達が揃って吹き出し何度も頷いている。顔を上げたティミーも、笑って頷いてからクッションを抱きしめて寝る振りを始めた。
「じゃあ、今夜は好きなだけ本を読んだり陣取り盤を楽しんでもらって、夜は好きに部屋に戻ってゆっくり休んでもらうって事でいいでしょうか?」
「はあい、それでいいで〜〜す」
手を上げたレイの言葉に、あちこちから気の抜けた返事が返る。
笑ったマークとキムも揃って頷き、そのまま壁面の本棚に向かった。
「じゃあ、俺達も研究の資料探しは一旦休憩で、ここからは普段は読まないような物語を読ませてもらうか」
「そうだな。この前レイルズが教えてくれて読んだ、冒険男爵だったっけ。あれは面白かったな」
「オルベラート旅行記ってのも、初めて聞く話がいっぱいあって面白かったよな」
「ああ、あれは俺も読んだけど確かに面白かったよ」
「ええと、あと読んだのは何だっけ?」
指折り数えながら、それぞれが読んだ事のある本の題名を挙げ始めた二人は、物語や随筆、旅行記などが並んだ本棚の前で足を止めると、顔を寄せてそう言いながら小さな声で相談を始めた。
「ううん。読んだ事のない本が多過ぎて、そもそもどれを読めばいいのかすら分からないぞ」
「確かに、これは俺達には未知の世界だ。どうするかな」
本棚を見上げた二人が、困ったようにもう一度顔を見合わせてから側にあった移動階段を引いてきて上りかけたところで足を止める。
「じゃあ、また僕のおすすめ本を教えるね!」
そんな彼らの声が聞こえたレイが目を輝かせて立ち上がって彼らのところへ行き、移動階段を駆け上がってマークの隣に立つと自分の好きな本を嬉々として教え始めた。
ティミーもそれを見て笑顔で立ち上がると、もう一台の移動階段を引いてきてキムの腕を叩いて一緒に並んで階段を上がり、自分が好きな本をおすすめだと言って取り出し始めた。
ちょっとした山になった二人のおすすめの本を見て笑い合い、さてどれから読もうかと楽しそうに話す彼らを見ていたロベリオ達も笑顔になる。
「そうか。彼らのように市井の出身だと、勉強に使う本とは違って物語や冒険譚なんかは読む機会がないのか」
「城の図書館にはもちろんそういった本もたくさんあるけど、そもそもの知識が無ければ、物語なんかは手にする機会すらないのか」
これはどんなお話なんだとレイやティミーに興味津々で質問する二人を見て、納得したようにそう言ったロベリオとユージンが顔を見合わせて頷き合い、また陣取り盤と攻略本に視線を戻したのだった。
一般出身の志願者達で構成される下級兵士は、入隊前の訓練で読み書きや算術は必須科目として必ず習う。
オルダムの街では識字率はかなり高く、オルダムの街の出身であるキムは入隊前にすでにしっかりと読み書きや算術も出来ていた。
だが辺境農家出身のマークは、神殿の主催する学び舎に子供の頃に兄達と何度か通った程度だった為、読み書きは最低限の知識しか無く算術なんて一桁の足し算くらいしか出来なかった。なので入隊前の訓練期間中に、教官から読み書きや算術をしっかりと教えてもらっている。
豊かと言われるファンラーゼンの国であっても、街道沿いの大きな街の識字率こそかなり高いが、辺境地域の識字率は、実はかなり低い。特に辺境農家の人達の識字率は相当低く、商人達との取り引きの際に誤魔化されたり不利な取引をされていても気付かない事も多々あるのだ。
今の皇王の代になって、辺境地域の教育にもそれなりにまとまった予算が配分された事もあり、それぞれの地域では各ギルドや神殿が学校や大小の学び舎などを開設して教育に力を入れ始めた為、ある一定年齢以下の若者達の識字率はかなり上がってきている。
だが、それなりの年齢以上の、そういった教育に一切触れる事なく過ごしてきた大人達の識字率は、特に辺境地域の農家などではまだまだかなり低いのが現状なのだ。
その辺りの事情を詳しく知るルークは、レイとティミーのおすすめの本を手にして嬉しそうにソファーに座るマークとキムを優しい眼差しで見つめ、小さく笑ってから大きく頷く。
「一般兵である彼らにも、仕事と関わりの無い本を、単純に楽しむために読む贅沢な時間を過ごしてもらう。うん。色々と調整は大変だけど、ああいうのを見ると、本読みの会を開催する意味があるって思えるよな」
満足そうに小さくそう呟いてため息を吐いたルークは、また読みかけていた本に視線を落としたのだった。




