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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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忘れていた事?

「なあ、思ってたんだけどちょっといいか?」

 読んでいた本を置いたマークが、少し離れた場所にあるソファーに座って本を読んでいるジョシュア達をチラリと見てから、ごく小さな声でそう言って隣に座るレイルズの腕をそっと叩いた。

「うん、どうかした?」

 読みかけていた本を置いたレイが、不思議そうに小さな声で返事をしてマークを見た。

「いや、夕食会の後にするのかと思っていたらそのままこっちへ来ちゃったからさ。もしかして、わざとか? それとも、本当に忘れてる?」

「え? 何がわざと? 忘れてるって、何が?」

 マークの質問の意味が分からず、思わず普通の声でそう聞き返してしまう。

「どうした?」

 顔を上げたルークが、心配そうにそう言って二人を見る。

「えっと……」

 戸惑うようにそう言ったレイがルークを見たが、咄嗟に声が出なかった。

 部屋にいた全員が顔を上げて心配そうにこっちを見ているのと、思い切り目が合ってしまったのだ。

「マーク軍曹。何が、わざと、なんだ? 忘れてるって、何の話だ?」

「実を言いますと、午後からジョシュア達を出迎えたあと、彼らの希望もあってお茶も飲まずにそのままこの書斎へ来たんです。それで、先ほどの夕食会の前にも後にもあそこへ行かずにそのままここへ戻ってきましたので、もしやレイルズ様がこの本読みの会のそもそもの開催理由になった、あれ、を忘れているのではないかなあ、と、そう思いまして質問した次第です」

 苦笑いしつつ答えるマークの言う、あれ、が何なのかに気づいた竜騎士隊全員とキムが揃って吹きだす。

「確かにそうだな。そのままこっちへ来たな」

 うんうんと頷くキムの言葉に、若竜三人組とルークとティミーは呆れ顔だ。

「ええ、俺達はてっきりここへくる前に案内したんだと思っていたぞ」

 呆れ顔のルークにそう言われて、レイが困ったように首を傾げている。

「ええ、何があるんですか?」

 逆にジョシュア達は、不思議そうにそんな彼らを見ている。



「ああ! 確かに!」



 ここでようやくマークに何を聞かれているのかを理解したレイが、思いっきり吹き出してうんうんと頷く。

「うん、思いっきり忘れていました! でも、もういいんじゃない?」

「いや、大事なお披露目会なんだから、そこは省略するなよ!」

 ルークとマークの二人から同時にそう言われて、レイはもう一回吹き出した。

「分かりました。じゃあせっかくだから今のうちに案内しておきますね。えっと、じゃあ申し訳ないんだけど、一緒に来てもらえる?」

 立ち上がったレイの言葉に顔を見合わせていたジョシュア達が揃って立ち上がってこちらへ集まってくる。笑ったマークとキムもそれに続いた。

 そのまま書斎を出ていく若者達を、ルーク達は苦笑いしながら見送ったのだった。



「なあ、何を忘れたんだ?」

 廊下に出たところで、代表してジョシュアがレイにそう尋ねる。

「えっと、その前に質問なんだけど、皆は今回の集まりって、本読みの会、だと思って来てくれたんだよね?」

「おう。ルーク様のお名前で、瑠璃の館で開催される本読みの会の招待状のカードをいただいたよ」

「それで皆で連絡を取り合って全員に招待状が届いているのを確認して、昨夜はフレディの屋敷に皆で泊まらせていただいて、そのまま皆で一緒にこっちへ来たんだ」

 ジョシュアとチャッペリーの答えに、他の皆も笑顔で頷いている。

「その、本読みの会の前、つまり昨日は、ここでレイルズの肖像画のお披露目会だったんだよ」

 レイが何か言うよりも早く、にんまりと笑ったマークがそう言ってレイの肩を捕まえて彼らの方に向ける。

「うええ! お前、それを俺達に見せないなんて、新手の嫌がらせか?」

「そうだそうだ。それは駄目だぞ!」

「ごめんなさい! 本当に忘れてました!」

 口々に文句を言われて、笑ったレイがそう言って両手を上げる。

「まあいい。それで、その肖像画があるのは何処なんだ?」

 素直に謝るレイを見て笑ったジョシュア達は、これまた揃ってにんまりと笑ってマークとキムを見た。

「こっち、案内するよ」

 笑顔のマークがそう言い、レイを捕まえたまま廊下を歩いていく。全員がその後を追った。



「うわっ、これは見事だ」

「本当だな。確かにこれは見事だ」

「背後の天球儀は、いかにもレイルズって感じだな」

 廊下の壁面に飾られた真新しいレイの肖像画を見た全員が、感心したようにそう言っている。

「うん、何度見ても見事だよな」

「本当に、レイルズがもう一人いるみたいだ」

 一歩下がったところから肖像画を見上げていたマークとキムも、笑顔でそう言って頷き合っている。

「なあ……あの背後にある三つの肖像画って、誰なんだ?」

「俺も思ってた。竜人が二人とドワーフ?」

「知らない顔だな。だけど、あえてここに描くって事は……」

 肖像画を見上げていたジョシュア達だったが、しばらくして背後に描かれた三人に気がつき不思議そうにそう言っていたが、途中でほぼ全員が同時に黙り込んだ。

「なあ、もしかしてあれって……」

 ジョシュアが、背後を振り返ってマークとキムにそう質問する。

「ああ、描かれているのはレイルズのご家族で、一番上が、エイベル様のお父上のタキス様だよ」

 真顔で頷くマークの答えに、同じく真顔になった全員がもう一度肖像画を見上げた。

 そして、その場に全員が跪いて肖像画に向かって両手を握りしめて額に当てて頭を下げた。

「エイベル様のお父上に心からの感謝と尊敬を。そして、我ら人間が犯したかの行いに心からの謝罪を」

 頭を下げたままのジョシュアが真剣な様子でそう言い、全員がそれに続く。マークとキムも、彼らに合わせて改めてその場に跪いている。

 まさか、ジョシュア達にまでそう言われると思っていなかったレイが慌てて彼らを立ち上がらせ、もうここで何度も言ったタキスの言葉を彼らにも笑顔で伝えていたのだった。



『レイは、良き友人達を得ているようだな』

『そうね。本当ね』

『皆良い子達』

『愛おしき子達』

 ようやく立ち上がって笑顔で笑い合っているレイと友人達を見て、別の肖像画の額縁に座ったブルーの使いのシルフが満足そうにそう言って笑う。

 隣に並んで座ったニコスのシルフ達も、その様子を見て嬉しそうにそう言って笑い合っていたのだった。

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