楽しい時間
「ええ、皆お優しい方々ばかりなんだから、そんな事言わないでよ」
「だから、そう言う問題じゃあないんだって!」
無邪気なレイの言葉に、もう一度全員が同じ叫びを返す。
「おう、そう言いたくなる気持ちはもうこれ以上ないくらいによく分かるけど、そこはもう諦めてくれ」
「そうだぞ。この際だから、いい機会だと思って遠慮なく討論してくれていいんだぞ」
笑ったマークとキムの言葉に、友人達は全員揃って困ったように顔を見合わせる。
「本当にいいのか?」
「おう、その為の本読みの会なんだからさ」
「ちなみに、アルス皇子殿下とヴィゴ様とカウリ様、それからジャスミン様とニーカ様は昨夜のうちにお帰りになって、マイリー様とアルジェント卿はつい先ほどお帰りになられたところだよ」
「お、おう……そうか……」
「マイリー様とアルジェント卿は、俺達と入れ違いでお戻りになられたのか」
「そうか。でもジャスミン様とニーカ様には、せっかくの機会だからご挨拶だけでもしたかったな」
ジョシュアとチャッペリーの呟きに、他の皆も苦笑いしつつ頷いている。
精霊魔法訓練所で、いつもレイ達と一緒に勉強しているジャスミンとニーカそれからクラウディアの事は、当然彼らも顔程度は知っている。
もちろん、レイとクラウディアが身分を超えた恋仲である事も知っているので、皆二人をからかいつつ応援してくれてもいる。
だが、普段は図書館で参考書を探し終えたらすぐに自習室へ戻ってしまう彼女達は、食堂で同姓の友人達とは話をしたりしている事はあるが、基本的に知らない男性の生徒達と直接話をする事はほぼ無い。
周りの男性の生徒達も、特に巫女服を着ているニーカやクラウディアには配慮して距離を置いているのが普通なので、同じ訓練所に通っていても全くと言っていい程に接点が無いのだ。
「えっと、マークとキムは明日は帰るんだけど、その後の二日はまた参加してくれるんだって。ジャスミンとニーカも、後半の二日は参加してくれる予定だって聞いているよ」
そんな彼らの言葉に、レイが少し考えながらそう言ってジョシュア達を見る。
「そうなんだ。ええ、って言うかお前ら帰っちゃうんだ。また枕戦争が出来るかと思って楽しみにしていたのに!」
リッティロッドの言葉に、ほぼ全員が揃って吹き出す。
「一応、もう一晩泊まらせていただいて、明日の朝食を頂いたら、俺達はここから直接訓練所へ行かせてもらう予定だから、枕戦争には参加するよ」
「だよな。そうしたいが為に、必死で講義の資料を事前に準備してもう全員に配ってあるんだ。だから、明日はそのまま手ぶらで訓練所へ行けるんだよ」
笑った二人の言葉を聞いて、レイも嬉しそうに笑っていた。
「実を言うと昨夜は、マイリー様まで加わった竜騎士隊の皆様と枕戦争だったんだぞ」
「冗談抜きで、本気で逃げたよな。いくら遠慮はいらないって言われても、俺達にマイリー様を殴る勇気は無いって」
苦笑いして顔の前で手を振るマークとキムの言葉に、友人達は揃って目を見開いていたのだった。
のんびりとそんな話をしながら廊下を歩いて、もう書斎に到着してしまった。
当然のように執事が開いてくれた扉から中に入るレイ達を見て、友人達の足が止まる。
「ほら、いいから入ってって」
振り返ったレイが満面の笑みでそう言い、すぐ側にいたジョシュアの腕を引いて一緒に書斎へ入って行った。
苦笑いしたマークとキムも残りの皆を促して一緒に入っていく。
「ああ、来たね。ようこそ本読みの会へ!」
彼らが入ってきたところで書斎にいた全員が立ち上がり、ルークが代表してそう言って笑う。
「お招きいただき、ありがとうございます。厚かましくも大人数で押しかけさせていただきました」
先ほどまでは竜騎士隊の皆がいると聞いて恐縮していたジョシュア達だったが、そこはさすがに貴族の若者達だ。
即座に切り替えて、当然のように笑顔でルーク達と順番に挨拶を交わす彼らを、マークとキムは尊敬の眼差しで見つめていたのだった。
「じゃあまずは好きに本を読んで貰っていいね。えっと、ちなみに午前中はここで陣取り盤をしていたんだよ」
まだテーブルに置いたままになっている陣取り盤を示しながら、笑顔のレイがそう説明する。
「へえ、それは楽しそうだ。だけど、陣取り盤ならマークとキムは参加出来ないだろう?」
ジョシュアがそう言ってマークとキムを見る。
「実を言うと、少し前にディレント公爵閣下から陣取り盤を頂いて、俺達も勉強中なんだ」
「言っておくけど、ようやく駒の動かし方を覚えた程度の本当の初心者だからな!」
二人も陣取り盤を知っているのだと聞き目を輝かせる友人達を見て、慌てたように二人が顔の前でばつ印を作ってそう叫ぶ。
「もしかして、ジョシュア達も陣取り盤をするの?」
「もちろん。俺、陣取り盤についてはちょっと自信があるぞ」
「ジョシュアはかなり強いぞ。俺も当然陣取り盤は普段から楽しんでいるし、二人とも陣取り盤の倶楽部にも所属しているぞ」
笑顔のレイの言葉に、ジョシュアとチャッペリーの二人が胸を張ってそう言い、他の四人も笑顔で手を上げている。
「はあい、俺達ももちろん陣取り盤は好きだぞ」
「俺達も、皆、陣取り盤の倶楽部に入っているぞ」
「ええ凄い! もしかして、戦略室の会?」
陣取り盤の倶楽部と聞いて、目を輝かせたレイがそう言って友人達を見る。
「お前、そんな無茶言うなって!」
「戦略室の会は、陣取り盤の倶楽部の中では最高峰と謳われる倶楽部だぞ」
「そんなところへ、俺達如きが入れるかって!」
慌てる彼らを見て、ルークがにんまりと笑う。
「じゃあ、ジョシュア君。せっかくだから一手、手合わせを願ってもいいかな?」
「もちろん喜んで!」
笑顔でそう言って椅子に座るジョシュアを見て、ルークはティミーを見た。
「じゃあ、まずはティミーがやってみるか?」
「そうですね。せっかくですから、ご指南いただけますか?」
「ティミー様も陣取り盤を勉強中なんですね。もちろん喜んでお相手させていただきます」
「よろしくお願いします。どうぞ僕の事はティミーとお呼びください」
「ええ、では遠慮なくティミーと呼ばせていただきます。よろしくお願いします。ティミー」
まだ未成年のティミーの言葉に、笑顔になったジョシュアはそう言って自分の向かいの椅子を示した。
嬉しそうに一礼したティミーが、向かいの席に座って嬉々として駒を並べ始める。
性格的に向かずに全くやらない者もごく稀にいるが、貴族の若者達は当然のようにある一定年齢以上になると陣取り盤を勉強し始める。
特に軍関係者達の間では、陣取り盤が弱いと侮られたり軽視される事すらあるほどなので、ほぼ全員がある程度の腕になれるように必死で勉強する。
それもあって、年少の者から手合わせを願われると大抵喜んで相手をしてくれるのだ。
早速始まったジョシュアとティミーの手合わせを、部屋にいた全員が目を輝かせて見つめていたのだった。




