それぞれの夜
「お疲れ様でした。足の具合はいかがですか? 補助具を外しますので、まずはお座りください」
枕戦争を終えて部屋に戻ったマイリーを出迎えた彼の従卒のアーノックが、苦笑いしながらそう言ってマイリーをベッドに座らせる。
「まあ、大丈夫なんじゃないかな。今のところ特に痛みは無いよ」
素直にベッドに座ったマイリーが、そう言って腰のベルトを外す。
それを見てしゃがんで床に膝をついたアーノックが、手慣れた様子で手早くマイリーの補助具を外していく。
「ではベッドに横になってください。少し足にむくみがあるようなのでマッサージをいたしますね」
同じく部屋で待ち構えていたハン先生が、そう言って補助具を外したマイリーをベッドに横にならせる。
「昨夜は姿が見えないと思っていたら、こっちに来ていたんですね。成る程、ミスリルの頭蓋骨対策でしたか」
苦笑いしたマイリーの言葉に、ハン先生は小さく吹き出してから頷いた。
「まあ、レイルズのいるところには、もれなくミスリルの頭蓋骨の被害者が出ますからね。あの危険性については周囲の人達にもそろそろ学習してほしいところですが、なかなか難しいようですね」
マッサージを施しながらのハン先生の軽口に、マイリーが横を向いて吹き出す。
「そういえば、今日の枕戦争では珍しく被害者が出ませんでしたから、ハン先生は出番がありませんでしたね」
「確かにそうですね。今夜もいつ呼ばれるかと思ってワクワクしながら待っていたのに、出番が無くて残念です」
わざとらしく大きなため息を吐きながらそう言われて、もう一度マイリーが横を向いて小さく吹き出す。
「ですが、俺以外は全員あの部屋でそのまま寝るでしょうから、もしかしたら明日の朝辺りに出番があるかもしれませんよ」
「おや、そうなんですね。ではいつ呼ばれてもいいように準備万端整えてから休む事にしましょう」
面白がるようなマイリーの言葉に、顔を上げたハン先生はそう言って笑った。
「ご苦労様です。俺は遠慮なく朝寝坊させてもらいます」
「ええ、是非そうしてください」
顔を見合わせた二人は、もう一度ほぼ同時に吹き出したのだった。
「はあ、今日は楽しかったわね」
「そうね。確かにすっごく楽しかったわ」
本部に戻ったジャスミンとニーカは、そう言って顔を見合わせて笑顔で頷き合う。
今の二人は、湯を使ってお化粧も落とし、夜着に着替えている。
そして、枕を抱えてジャスミンの部屋にやってきたニーカと二人並んで、ベッドに寝転がっているところだ。
普段はそんな事はしないが、今夜は竜騎士隊の皆も瑠璃の館でおそらく夜更かししているだろうとの事で、特別に教育係のベルナー夫人から許可が出て、一緒に夜更かししても良い事になったのだ。
二人は大喜びでベッドに寝転がって好きな本を読んだり、用意してくれてあったお茶とお菓子をいただいたりして遊んでいたのだ。
「明日は、昼食会の練習があって、午後から夜までずっと礼儀作法の講義、それから夕食も晩餐会の練習だものね。ちゃんと出来るかなあ。自信ないや。ううん、私も瑠璃の館に泊まりたかったよう」
枕に顔を埋めたニーカの言葉に、同じくうつ伏せになって枕に抱きついていたジャスミンも苦笑いしながら何度も頷いている。
「レイルズ達は今頃何をしているのかなあ。 まだ、書斎で本を読んでいるのかな? それとも、もう休んだかしら?」
枕元に積み上がった、先ほどまで読んでいた数冊の本を見たニーカが小さくそう呟く。
「どうかしらね。ああ、そういえば父上から聞いたけど、貴族の男の子達は、誰かの家に泊まりに行った時なんかには、枕を使って殴りっこしたり胡桃のかけらを投げ合って戦ったりするんですって。枕戦争って言うんだって」
「何それ、楽しそう!」
笑ったジャスミンの言葉に、顔を上げたニーカが目を輝かせて起き上がり自分の枕を手にジャスミンを見る。
同じく起き上がったジャスミンも、満面の笑みで抱きついていた枕を持った。
笑顔で頷き合った二人は、歓声を上げてお互いを枕で叩いた。
とはいえ、非力な少女達なので叩く際にもレイ達のような力強さは全くなくて、ぱふぱふと気の抜けた音と二人の楽しそうな笑い声が聞こえるだけだ。
「何これ楽しい!」
それでも目を輝かせたニーカがそう言って笑い、手にしていた枕を思い切り振りかぶってジャスミンに叩きつける。
「本当ね!」
枕で迎撃したジャスミンも、笑いながら飛び込んできたニーカを枕で叩き返す。
そのままベッドに転がった二人はそのまま枕を振り回して手をついて起き上がる。
ぱふぱふ、ポスポスとお互いを叩く間抜けな音と笑い声が部屋に響く。
しばらく座ったまま枕で叩き合っていた二人だったが、すぐに疲れてしまいそのままベッドに並んで寝転がって揃って大きなため息を吐いた。
「いいなあ、男の子達はこんな楽しい事をして遊んでいるんだ」
天井を見上げたニーカの呟きに苦笑いしたジャスミンもうんうんと頷き、顔を見合わせた二人は寝転がったままもう一回お互いを叩き合いっこして、そろって声を上げて楽しそうに笑っていたのだった。
『楽しそうだね』
『そうねジャスミンもとても楽しそう』
ベッドに転がって無邪気に遊んで楽しそうに笑う二人を、積み上がった本の上に並んで座ったクロサイトの使いのシルフとルチルの使いのシルフが、愛おしげにずっと見つめていたのだった。




