読書の時間とアルジェント卿の報告
「えっと、それじゃあ僕達は書斎に戻りますね」
お茶とお菓子を楽しんだレイ達は、まだお茶を飲んでいるロベリオ達にそう言って揃って立ち上がった。
「マーク軍曹とキム軍曹は、カトラリーの扱いについてはまだまだ勉強が必要みたいだな」
かけらが散らかったテーブルを見て、苦笑いしたロベリオがそう言って二人を見る。
「申し訳ありません!」
「努力します!」
直立した二人の答えが重なる。
「ああ、別に叱っているわけじゃあないから、そこまでかしこまらなくていいぞ。こんなのはもう慣れだからさ。今後に備えて無理のない範囲で頑張ってくれたまえ」
「そうだな。あ、ちなみにボナギル伯爵ご夫妻も、アップルパイはお好きだから、覚えておくといいぞ」
にんまりと笑ったロベリオとユージンが、マークにこっそりと小声で教えてくれる。
唐突に真っ赤になったマークを見たロベリオとユージン、それからキムとレイが堪えきれないように吹き出し、少し離れていたので今の会話が聞こえていなかったジャスミンとニーカは、真っ赤になるマークを見て揃って不思議そうにしていた。
「ほら、何してるんだよ。お前はあっち!」
笑ったロベリオがマークの背中を叩いてジャスミンの方へ押しやる。
笑顔のニーカが少し下がり、ジャスミンとマークが向き合う形になる。
「で、では、お手をどうぞ」
まだ赤い顔をしたマークは、それでも出来るだけの笑顔でそう言ってそっとジャスミンの手を取り、ここへ来た時と同じように彼女をエスコートして廊下へ出ていった。
「では、よろしければお手をどうぞ」
なんとなく、ニーカの近くにいたキムがそう言ってゆっくりとニーカの手を取る。
「ありがとうね。キムも格好良いわよ」
満面の笑みのニーカにそう言われて、危うく何もない所でつまづきそうになったキムだった。
やや緊張の面持ちでそれぞれの手を引いて歩く二人の後ろを、レイはこれ以上ないくらいの嬉しそうな笑顔でついて行ったのだった。
「おや、入れ違いだね。我々もちょっとお茶を頂いてくるよ」
レイ達が書斎に戻ったところで、ちょうど立ち上がったアルス皇子とマイリーとヴィゴ、ルークとアルジェント卿、そしてティミーが揃って彼らを見た。
側のテーブルの上には、分厚い政治経済の本が何冊も積み上がっている。
「はい、どうぞごゆっくり。えっと、アップルパイがとっても美味しかったです!」
満面の笑みのレイの言葉に、アルス皇子が小さく吹き出す。
「お菓子好きなレイルズ君が美味しいと言うのなら、それは食べないとね」
ルークと顔を見合わせたアルス皇子の言葉に、ティミーも笑顔で何度も頷いていた。
アルス皇子達を見送ったレイは、小さなため息を一つ吐いてから本棚を見上げ、精霊魔法に関する本が並んだ本棚の前で、次に読む本を探し始めた。
マークとキムは先ほどの席に戻ると、それぞれ書きかけていたノートを開いて積み上がったままになっていた本を手に取って、揃って真剣にノートを取り始めた。
ジャスミンとニーカは物語が並ぶ本棚に向かい、ジャスミンが本を指さしてはニーカに小声でどれがいいかを教えていた。
ニーカは、精霊魔法訓練所での勉強の為に読む本以外は、ディレント公爵からいただいた少女向けの本くらいしか読む機会がなかった為、貴族の女の子達が当たり前に知っている様々な物語をほとんど知らない。
それを知ったジャスミンが、主にめでたしめでたしで終わる女の子が好きそうな物語や、十代の少女や大人の恋を描いた恋愛小説などを色々とニーカに教えてあげている。
勉強の合間の息抜きにもなるので、ニーカも大喜びで時間を作ってはおすすめされた様々な物語を夢中になって読んでいる。
ここの本棚は主にレイルズが好きそうな冒険小説や旅行記などが多いが、それでも少女向けの本や恋愛小説などもあったので、二人は嬉々として本を選び、ソファーに並んで座って本を読み始めた。
レイは、まだ読んだ事がなかった精霊魔法に関する本を数冊選び、マーク達の近くのソファーに座って本を読み始めた。
「ところで、ちょうど全員いるので、今日の出来事を一つ報告しておくよ」
その時、カップを置いたアルジェント卿がそう言ってゆっくりと全員を見回した。
「おや、何かありましたか?」
即座に食べていた手を止めて真顔になるアルス皇子の言葉に、同じく全員が手を止めて真顔でアルジェント卿を見る。
「ああ、問題があった訳ではないよ。実は昼にここへ来ていた両公爵がね、帰る際にマーク軍曹とキム軍曹に、二人揃って手ずから精霊の小枝の束を渡していたのだよ。まあ、彼らとレイルズは、単に両公爵に直接連絡出来る精霊の小枝を貰っただけだと思っていたようだがね」
苦笑いしたアルジェント卿が、そう言ってカナエ草のお茶が入ったカップを手にする。
「ああ、精霊の小枝とは素晴らしいね。だけど、彼らとレイルズがその意味について気が付いていないってのも、なんだかすごく納得するね」
苦笑いのアルス皇子も、そう言って大きく頷く。
当然、ティミーも含めたここにいる全員が、その精霊の小枝に込められた意味を即座に理解して揃って笑顔になる。
「有り難い事だ。貴族関係であの二人を味方につけておけば、ほぼうるさい害虫は寄り付かなくなるだろうからな」
感心したようなヴィゴの言葉に、皆も真顔で頷く。
「しかもお二人はこう言ってくださったぞ。もしも貴族絡みで何か問題があれば、いつでも自分達に相談するようにと。必ず力になるから、とな。それからこうも言っておられたな。将来有望な若者を支援するのも、我らの仕事のうちだ、とな。上手い事言いおるわ」
揃って小さく拍手をする竜騎士隊の面々を見て、アルジェント卿も嬉しそうに何度も頷いていたのだった。




