暖かな風と本読みの開始
「はい! 肖像画のお披露目が終わったので早く書斎へ移動しましょう!」
笑いが収まったところで、まだ真っ赤な顔をしたレイが少し大きな声でそう言って皆を見た。
「そうだな。それにちょっと寒くなってきたからな」
笑ったルークの言葉に、控えていた執事が慌てたように壁に駆け寄り柱の裏に手を入れて何かをした。
「ああ、もう行くから構わないよ」
それに気付いたルークがそう言ったのとほぼ同時に、柱に彫られた小窓から、何故か暖かい風が吹いてきた。
「ええ、柱から暖かい風が吹いて来たよ。こんなところに暖炉はないはずなのに、どうして? ねえ、今何をしたの?」
驚いたレイが、そう言って柱の横に立つ執事を見てからルークを振り返る。
「ああ、レイルズは知らなかったか。オルダムの貴族の屋敷にはほぼすべて備え付けられている設備で、本部にもあるぞ。専用の大きな暖炉で温められた空気が、壁にはめ込まれた管を通って廊下や暖炉のない部屋に届く仕組みだよ。そうやって寒い部屋や廊下に暖かな風を届けてくれるんだ。俺が寒いって言ったから、気を効かせた執事がその温風を強くしてくれたんだと思うぞ。これは、シルフ達がいなくても使える小さな風車を使った設備だって聞いた事はあるけど、実際にどういう仕組みになっているのかは俺も知らないなあ」
「へえ、そんなものがあるんだね。凄い」
感心したようにそう呟いたレイが、興味津々で背伸びをして柱に彫られた小さな小窓を覗き込む。これはレイの身長だから出来た事だろう。
「あ、本当だ。ここから暖かい風が出ているね。ねえ、これはどうなっているの?」
控えていた執事が、一礼してから腕を伸ばしてその小窓をそっと開いた。
「あれ、何これ?」
そこにあったのは、ゆっくりと回る小さな羽のついた車輪のようなもので確かにそこから風が吹いてきている。
「先ほどルーク様がおっしゃられたように、こちらの小窓は専用の大きな暖炉と管を通して繋がっております。この小さな風車は、奥から吹いてくる暖かな風に押されて回る仕組みとなっております。先ほど私が致しましたのは、この風車を直接回して風を強くしたのでございます」
そう言って、柱の裏側部分にあった小さな取手のようなものを回してみせてくれた。すると小さな風車がそれに合わせて一気に早く回り始め、廊下に暖かな風がまた吹いてきた。
「へえ、いろんな仕組みがあるんだね。あ、書斎に暖炉が無いのに暖かい風が来るのも、これと同じ仕組みなの?」
目を輝かせて納得したように手を打つレイに、執事が笑顔で頷く。
「ほら、納得したなら書斎へ行こうか。また本が増えたんだって?」
笑ったアルス皇子の言葉に満面の笑みでレイが大きく頷き、もう一度全員揃って肖像画を見上げてから書斎へ移動して行った。
「暖房用の小窓と風車の掃除をしておいて良かったと、今、心の底から思いましたね。そうか。オルダムの屋敷に住む者にとっては当たり前のこんな設備も、レイルズ様には初めて見る事だったのですね」
一同を見送ったその執事は苦笑いしながら小さくそう呟き、風車が止まったのを確認してからそっと小窓を閉じたのだった。
「おお、何度見ても素晴らしい蔵書だね。そして確かに本がまた増えている」
笑ったアルス皇子の言葉にレイが嬉しそうに頷く。
「瑠璃の館のお披露目会をした時に、ティミーのお母上やガンディから、また本をいただいたんです。本が増えているのはその分ですね」
「成る程。さて、どれを読ませてもらおうかな?」
アルス皇子の言葉を聞いたヴィゴが、軽々と移動階段を引いてくる。
もう一台をロベリオ達が引いてきて、揃って精霊魔法関係の本が並ぶ場所に止める。
交代しながら本を選び、あちこちに置かれたソファーに座ってそれぞれに本を読み始める。
笑顔で頷きあったマークとキムも、それぞれ読み掛けていた本を手に取り、一番端に置かれたやや小さめのソファーに並んで座って本を読み始めた。
レイもそんな皆を見て嬉しそうに頷くと、空いていた一人用のソファーに座って読み掛けていた本を読み始めたのだった。
しばらくは静かな時間が過ぎていたが、一つため息を吐いたマークが立ち上がってテーブルに置かれていた自分のノートを開いて何かを書き始めた。
それを見たキムとレイが読み終えた本を置いてマークの元へ行く。
「何を書いているの?」
「うん、ちょっと思いついてさ。これってどう思う?」
やや乱暴だが描かれた魔法陣を見た二人が無言になる。
「へえ、光の精霊魔法に風と火を追加か。うん、だけどこれだと……」
小さなキムの声だったが、部屋にいた全員の耳に入っている。
顔を上げたアルジェント卿が本を置いて立ちあがろうとしてロベリオ達に助けられていた。
同じく立ち上がりかけたマイリーにはヴィゴが手を貸し、ジャスミンとニーカも読んでいた本を置いてレイ達のところへ行く。
そこからは討論会状態となり、マークとキムは目を輝かせてメモを取っては新しい魔法陣を描き、それを見てまた新しい討論が始まる。
最初こそ遠慮していたジャスミンとニーカだったが、ティミーが平然とアルス皇子と魔法論に関して対等に討論しているのを見て笑顔で頷きあい、そこからは彼女達も加わってまた別の討論会が繰り広げられる事になったのだった。
『おやおや、皆ずいぶんと楽しそうだな』
本棚に座ったブルーの使いのシルフの笑う声に、それぞれの竜の使いのシルフ達も笑顔で頷く。
『自由に討論する相手がこれだけいればそりゃあ楽しかろう』
『あんな楽しそうなアルスを見るのは久しぶりだよ』
『マイリーも楽しそう』
アルス皇子の竜である、ルビーの使いのシルフの面白がるような言葉に、マイリーの竜の使いのシルフも嬉しそうにそう言って笑っている。
他の竜の使いのシルフ達も笑って何度も頷き合い、それぞれの主のところへ飛んでいって嬉々として討論しているそれぞれの主に何度もキスを贈っていたのだった。




