書斎の本とお泊まりのお約束
「ううん、ここで過ごすのは至福の時間だな」
「全くだ。それなのに、ここにいると本当に時間があっという間に過ぎるんだよな」
もうそろそろお休みくださいと執事に声を掛けられ、読んでいた本を閉じたマークがため息と共にそう言い、同じく読んでいた本を閉じたキムも、うんうんと頷きながらそう言って笑っている。
「確かにそうだね。好きな事をしている時って絶対に時間が早く過ぎる気がするよね」
そして、本を閉じたレイも笑いながらそう言ってテーブルの上に本を置くと二人を振り返った。
「えっと、読んでいた本は別にしておく? それとも一旦戻してもらっても大丈夫かな?」
マークとキムは、レイにそう言われて思わずそれぞれ手にしていた本を見た。
「これ、まだ半分くらいしか読めていないからまた時間のある時に続きを読みたいけど、まあ一旦戻してもらって構わないよ。題名は覚えているからさ」
レイもお気に入りの冒険伯爵物語の表紙をそっと撫でたマークは、笑ってそう言うとレイの本の上に持っていた本を重ねた。
「俺も、別に戻してもらって構わないな。これはすぐに分かるからさ」
キムもそう言って笑うと、読んでいた本を同じく重ねて置いた。
「かしこまりました。ではそちらは片付けさせていただきますので、どうぞそのままに」
「散らかしてすみませんが、よろしくお願いします」
「手間をかけますが、よろしくお願いします」
執事に、マークとキムがそう言って一礼する。
「お気になさらず。これは我らの仕事ですから」
にっこりと笑った執事の言葉に、レイも一緒にもう一度お礼を言った三人だった。
マークが資料集めの為に選んだ大量の本もまだそのままにしてあったし、食事前にキムとレイがそれぞれ取り出した本もまだそのままにしてあったので、三人が本棚から取り出した本はかなりの数になる。
とはいえ、ここの書斎の本も離宮の書斎と同じで、基本的に勝手に本を戻さないように言われている。
離宮は戻し用の木箱があるが、ここは移動式の本棚が用意されていて読み終えた本はここに置いておくようになっているのだ。
ここに置いておくと、担当の執事が本の状態を確認してから本棚に戻してくれる。
もちろん、レイもマーク達も本を粗雑に扱うような事は絶対にしないが、気付かずに汚したり本を傷めたりしてしまう可能性も無いわけではない。
なので、本の整理と管理を専任の執事が行うのは、本を守る意味でも大切な事なのだ。
初めて離宮の書斎で本を読ませてもらった時、読み終えた本を自分達で戻して整理しようとしたマークとキムは、専任の執事から彼らが本を整理する理由を詳しく説明されて納得して、それ以来素直に読んだ後の本の整理は執事達に任せている。
ただし、自分達が散らかした本を人に整理してもらうのは心苦しい彼らは、毎回執事達にお礼を言っているのだ。
自分達の気持ちを整理する為に言っているお礼だが、それは結果として執事達の彼らへの評価を上げる事にもなっているのだった。
「はあ、それじゃあ部屋に行こうか。えっと、二人も僕の部屋で良いのかな?」
控えていたアルベルトに、レイが質問する。
「はい。前回と同じくマーク軍曹とキム軍曹もレイルズ様のお部屋にご一緒にお泊りいただくように準備しておりますが、それでよろしかったでしょうか?」
「もちろん。じゃあ行こうよ、少し冷えているから湯を使って暖まらないとね」
満面の笑みのレイの言葉に、立ち上がった二人も笑顔で頷いたのだった。
アルベルトの案内で三人揃ってレイの部屋に向かう。
部屋には前回と同じく二台のベッドがくっつけて用意されていたので、これなら三人が並んで寝ても充分な広さがある。
「えっと、じゃあ先に湯を使ってくるね」
「おう、ごゆっくり。その間に俺達はメモの整理をさせてもらうよ」
いつものようにレイが先に湯を使う為に湯殿へ向かい、それを見送ったマークはまとめて鞄に突っ込んで持ってきた大量のメモをテーブルの上に取り出していった。
キムも手伝い、まずは内容ごとに整理していく。
「これはこっちと一緒にしておく分。ええと、これは何だ?」
「あ、それはこっちの魔法論の書き出しだ。探していたんだよ」
「おう、じゃあそっちと一緒にしておけばいいな。あとはこっちの……」
お互いに声を掛け合いながら、内容ごとに整理してまとめていく。
「お先でした。えっと、言ってくれたら整理しておくけど、今ってどうなってるの?」
赤毛に負けないくらいに頬を真っ赤にしたレイが、そう言いながら二人の手元を覗き込む。
「おう、じゃこっちの残りを内容ごとにまとめておいてくれるか。それと、余裕があればこっちの分けた分も内容を間違っていないか確認しておいてくれるか」
「了解。分からない分は別にしておけばいいね」
いくつかのメモを見て、大体の内容を把握したレイは笑顔で頷き、二人を湯殿へ追いやると嬉々としてメモの整理を始めた。
ニコスのシルフ達も出てきて一緒に手伝ってくれたので、二人がいつもより少しゆっくりと湯を使ってから部屋に戻ってくる頃には、もうメモの整理はほぼ全部終わっていて、明日も続きをするつもりだった二人を驚かせたのだった。
「じゃあ、資料整理も終わったし」
「湯も使って温まったところで!」
「お泊まり会といえばこれだよね!」
目を輝かせた三人はそう言って頷き合い、その直後に手にした枕でお互いの顔や頭を思いっきりぶん殴った。
そこからいつもの枕戦争が唐突に勃発して、ボスボスと間抜けな音と笑い声が部屋に響き渡る。
レイは両手に持った二つの枕を思いっきり振り回してはマークを吹っ飛ばし、キムもベッドから叩き落として楽しそうに声を上げて笑っていたのだった。
「油断大敵〜〜!」
「隙あり〜〜!」
しかし、勢いよく腹筋だけで起き上がったマークと、床に手をついて飛び起きたキムに左右から揃って枕で思いっきりぶん殴られて、笑いながら悲鳴をあげてレイもベッドから転がり落ちた。
「よし、捕虜の確保だ〜〜!」
笑ったキムの叫びにマークも笑いながら応え、二人が揃ってベッドに置かれていた毛布を手にレイに襲いかかる。
「そう簡単には捕まらないもんね!」
即座に転がって逃げたレイが、笑いながらマークを突き飛ばしてベッドに転がす。
「ほら、捕まえるよ!」
キムにそう言ってマークに飛びかかる。
「おう、昨日の敵は今日の友〜〜〜!」
笑ったキムがそう言いながらレイに続いてマークに飛びかかり、揃って吹き出した三人はお互いの頬や背中をくすぐり合って、揃ってまた悲鳴をあげていたのだった。




