それぞれの読書の時間
「じゃあ、まだ眠くないし、お茶をいただいたらまた書斎に戻ってまた本読みだね。次は何を読もうかな」
食後のデザートまでしっかりと平らげたレイの嬉しそうな言葉に、おかわりのカナエ草のお茶を飲んでいたマークとキムも笑顔で頷く。
「そうだな。選ぶのも楽しいよな。あ、これ美味しい」
少しだけ取ってきていた一口サイズのリーフパイを食べたマークが、笑顔でそう呟く。
「え? どれ?」
そのリーフパイは未確認だったレイが、マークの言葉を聞いて慌てたようにデザートが並んだ一角を見る。
「残念。そっちじゃあなくてこれはワインの横に置いてあったから、多分ワインのつまみにおすすめのお菓子なんだろうな」
笑ったマークが示したのはデザートがあるのとは反対側の、テーブルの端にワインのボトルが並んだ一角で、確かにそちらにもつまみになりそうなお菓子やチーズなどがいくつか並べられている。
「えっと、あ、これだね。じゃあせっかくだから僕も貰おうっと」
見に行ったレイは、話題のリーフパイを見つけて嬉しそうにそう言って、小皿に数枚取ってから席に戻った」
「確かに美味しいね。へえ、甘いんだけど塩味もするね」
「パイの上に、砂糖と一緒に岩塩もまぶしてあるんだな。意外に塩味が効いていて美味しいよ。あ、一つ食うか?」
キムも興味津々で見ているのに気づいたマークが、笑いながら残り一枚をキムにすすめる。
「おう、じゃあせっかくだから一ついただくよ……成る程。確かにこれは美味しい。でも、ワインと一緒に並べてあった通りで、どちらかと言うとお茶よりもワインが合いそうなパイだな」
大真面目なキムの感想に、全く同じ事を思っていたレイとマークも揃って吹き出したのだった。
「はあ、美味しかった。じゃあ書斎へ戻ろうか。えっと、美味しい食事をありがとうございました」
控えていた執事に笑顔でそう言って手を振ると、レイはマーク達と一緒に書斎へ戻っていった。
「気持ち良いくらいに、たくさん食べてくださいましたね」
「用意した料理も気に入っていただけたようで何よりです」
笑顔でそんな彼らを見送った執事達は、三人が部屋を出て行ったのを確認してから顔を見合わせて満足そうにそう言って頷き合うと、急いで片付けを始めた。
深夜の読書に疲れた彼らがいつ来てもいいように、書斎の隣室にある休憩室にはお茶や軽食、軽くつまめるお菓子などを準備してある。ここのお菓子もいくつかはそちらへ移動させるので、その準備もしなければならない。
この後の段取りを考えて、それぞれ手早く料理を片付けたり食器の後片付けを始めたのだった。
「明日の朝食は、今回と同じように自由に取っていただく形式でお召し上がりいただきますが、明日の昼食はどうなるでしょうね。お二方には、まあ……しっかりと頑張っていただきましょう」
料理を片付けていた執事の呟きに、隣にいた別の執事も苦笑いしつつ頷く。
先ほどラスティが明日の段取りを説明していた時、両公爵閣下とアルジェント卿を招いての昼食会だと言った時、彼らは完全に他人事として聞いていたが、そこには彼らも同席するのだ。
ラスティは彼らが無駄に緊張しないようにあえてそこを言わなかったのだろうが、明日の彼らの反応を思って若干心配になる執事達だった。
一般出身のマーク軍曹とキム軍曹は、今まさに礼儀作法やテーブルマナーについて勉強中だと聞いている。
前回彼らがここに泊まった時、精霊魔法訓練所のご学友達と楽しそうに食事をしていた際、彼らから様々な事を教えてもらい、緊張しすぎて料理の味がしないと嘆いていたが、執事達からすれば、確かに一般出身の彼らにはもの慣れない場面こそ多々あったものの、見る限り最低限のマナーは充分に守られていたし、特に問題があったとは思えないくらいにはちゃんと出来ていたのだ。
どうやら彼らもレイルズ様と同じく自己評価はかなり低いらしい。
そんな彼らにもっと自信を持ってもらうにはどうすればいいのか、彼らの事も気に入っている執事達は密かに悩んでいたのだった。
「はあ、じゃあ次の資料作りの為のメモもかなり取れた事だし、この後は俺も好きに読ませてもらおう。さっきまでは流し読みばっかりでゆっくり読めなかったからなあ。となると、せっかくだから普段は絶対読まないような物語とかを読んでみるか。ええと、なあ、俺でも読めそうな簡単そうな物語でおすすめってある?」
テーブルに広げていたノートを片付けながら、マークがそう言ってレイの腕を叩く。
「あれ、資料作り用のメモ集めだったの? えっと、必要なら手伝うよ?」
驚いたレイが、置いてあったノートを見ながらそう言ってマークとキムを見る。
「いやいや、だからそれはもう充分集まったんだって。この後の草案がまだちょっとまとまっていないから、まだ手伝ってもらえる段階じゃあないんだ。必要な時にはまたお願いするからさ」
「そうなんだね。了解。必要な時にはいつでも言ってね」
嬉しそうなレイの言葉に、マークとキムも笑顔で頷く。
「じゃあ、そんなマークにはこれかな。まだ読んでいなかったよね? 僕の大好きな冒険男爵物語」
笑ったレイが、移動階段を引っ張ってさまざまな物語が並んだ一角へ行き、少し考えてそこから一冊手に取ってマークに渡した。
「ああ、以前も言われていたけどまだ読んでいなかったやつだな。じゃあこれにするよ」
嬉しそうに受け取ったマークは、一人がけのソファーに座って膝掛けを被ると早速読み始めた。
キムは本棚を見上げて少し考えた後、インフィニタスの魔法理論を手に取り、大きなソファーの端に座ってこちらも膝掛けにくるまって早速読み始めた。
レイはそんな二人を見て満足そうに頷くと、物語の並んだ本棚を見上げてまだ読んだ事のなかった冒険物語を手に取り、キムの座ったソファーの反対側に座って、こちらも膝掛けにくるまりながら早速読み始めた。
深夜を過ぎた頃に執事が心配して、もうそろそろお休みくださいと声をかけるまで、三人は揃って時間も忘れて顔も上げずに本の世界に没頭していたのだった。




