夕食と明日からの予定
「よかった〜〜〜好きに取っていい夕食だった」
「はあ、よかった〜〜〜これなら寛いで食事が出来るよ」
広い部屋の壁面に用意されたテーブルの上には、豪華な料理の数々が並べられていて、食堂のように好きに取ってもらうようになっている。
執事達は背後に控えているがつきっきりで給仕されるような食事形式では無かった事に、マークとキムは揃って安堵のため息を吐いたのだった。
「もう、二人揃ってなんだよ。あ! それじゃあ、期待されていたみたいだから、今からでもつきっきりで給仕してもらう食事形式に変えてもらおうか?」
「やめてくれ〜〜!」
「俺達の癒しの時間を奪わないでくれ!」
そんな二人を見て呆れたように笑ったレイが、良い事思いついたと言わんばかりに目を輝かせてそんな事を言ったものだから、マークとキムは慌てたようにそう叫んで揃って必死になって首を振っていたのだった。
「あはは、冗談だよ。ほら食べよう!」
笑ったレイが、そう言って大きなお皿を手に嬉々として料理を取り始めたのを見て、二人もお皿を手にその後に続いたのだった。
「ええと、明日には竜騎士隊の皆様がお越しになるんだよな?」
「それ以外って、どなたを招待しているんだ?」
一応彼らも、まず今回の集まりの主目的がレイの肖像画のお披露目会で、本読みの会はそれに合わせて開催されたのだと聞いている。
なので当然、竜騎士隊の皆様方は肖像画のお披露目会にも本読みの会にも参加なさるだろうと思っているが、そもそも、その肖像画のお披露目会にどなたが招待されているのかを、彼らは全く知らないのだ。
それぞれ大量の料理を持って来て席に座り、まずはワインで乾杯して食べ始めたところで、ふと思いついたようのマークがそう言ってレイを見た。
「えっと……」
どこから説明するべきか考え、助けを求めるように振り返ると、にっこり笑ったラスティが進み出てきてくれた。
「では、簡単に明日以降の予定を説明させていただきますので、どうぞお召し上がりになりながらお聞きください」
「はい、よろしくお願いします」
笑顔の二人の声が重なり、顔を見合わせたレイも笑顔で頷き揃って食べ始めた。
「明日は、レイルズ様の肖像画のお披露目会、明後日より五日間本読みの会の開催となります。明日の午前中はゆっくりしていただいて構いません。昼食は、両公爵閣下とアルジェント卿をお招きしての昼食会を予定しております。殿下をはじめとした竜騎士隊の皆様方、ティミー様、ジャスミン様とニーカ様は明日の午後からお越しの予定となっております。明後日は、レイルズ様の精霊魔法訓練所でのご学友であるジョシュア様、チャッペリー様、リッティロッド様、フレディ様、ロルカ様とフォルカー様がお越しの予定です。両公爵閣下は明日の昼食会が終わればお帰りになられますが、アルジェント卿や竜騎士隊の皆様方。それからご友人の皆様方も、予定が合えば自由に期間中はこちらのお屋敷にお泊りいただく予定です」
ラスティの説明に、マークとキムの食べていた手が止まる。
「ええ、またジョシュア達にも会えるんだ。それは嬉しいな」
「確かに。卒業した後、研究生になっていなかったら、俺達なんかは貴族の人とはそうそう会う機会がないからな。じゃあ、また本を読みながら討論会なんかも出来るんだ。それは楽しみだな」
マークの嬉しそうな呟きに、キムも笑顔でそう言い何度も頷く。
「今回は、さすがにリンザスとヘルツァーは不参加だな」
「無茶言うなって。あいつらは国境の砦勤務だからな。きっと今頃寒い思いしてるだろうな」
「だな。タガルノとの国境地帯はもうドカ雪に埋もれているだろうさ」
「ええ、国境地帯は雪が多いって聞いていたけど、そんなに?」
二人の会話を聞いて驚いたレイが、そう言って二人を見る。
「ああ、そう聞いているよ。俺は、紛争があった後の国境地帯の結界修復要員として何度も国境地帯へ派遣された事はあるけど、さすがに冬の時期に国境地域へ行ったことはないけどさ」
三人の中では一番軍歴が長いキムがそう言って肩をすくめる。
「俺が聞いたところによると、国境地帯は、何故か北の竜の鱗山から吹き下ろす風がオルダムの辺りとは違ってあまり強くないらしいんだ。だから雪が積もっても他とは違って吹き飛ばされないから、どんどん積もる一方なんだって。冬場の砦勤務の兵士達の一番の仕事は、雪かきらしいからな。これをやらないと本当に砦の城壁が雪で埋まるらしい」
「ああ、それは俺も聞いた事がある。とにかく積もる雪の量がすごくて、雪かきは冗談抜きですっげえ重労働らしい。だから国境の砦勤務の兵士達は、通常、軍務に就く兵士全員の絶対の義務である基礎訓練も冬場は免除されているんだとか」
基礎訓練とは、最前線に立つ実働部隊の兵士だけでなく、以前のカウリがいた部署のように出動の義務を負わない事務方の兵士達も課せられている訓練の事で、兵士としての最低限の体力作りの為の運動と並行して、剣術や弓、ラプトルへの騎乗など幾つかの定められた項目がある。もちろん、一般兵として雇われた時点で最低限それらの事は習得しているが、勤務先がどこであれ体力と技術を維持するための決められた訓練が、全ての兵士に義務化されているのだ。
「へえ、そうなんだね。じゃあ、リンザス達は今頃必死になって雪かきかな?」
「だろうな。だけどあいつらならウィンディーネ達に頼んで雪の塊を溶かしたり、シルフ達に頼んで溜まった雪を吹き飛ばしていそうだな」
「あはは、確かに。嬉々として雪を吹き飛ばすあいつらが見える気がしたぞ」
レイの言葉に、マークとキムが揃ってそう言って吹き出す。
『無茶を言うでないわ。国境の砦に勤める第四部隊の精霊使いはさほどの人数はおらぬ。あれだけの雪を術で吹き飛ばしたりしたら、間違いなく人の子はぶっ倒れて気絶するぞ』
その時、お皿の横に現れたブルーの使いのシルフが呆れたようにそう言ってマークの指を叩いた。
「お、おう。それは失礼しました。確かに中庭の雪を吹き飛ばすのとは桁が違いますね」
彼らは、たまにオルダムでもドカ雪が降った際などに、中庭や運動場の雪かきをする時に皆で協力して固まった雪をシルフ達に頼んで風で吹き飛ばしてもらったり、手の届かないところの雪をウィンディーネ達に頼んで溶かしてもらったりしているのだ。
『そうだな。国境地域の雪は、こことは桁が違うぞ』
苦笑いしたブルーの言葉に、レイは無邪気に感心していたのだった。
「まあ、だけどその大雪のおかげで、冬場だけは国境紛争の心配をしなくていいんだけどな」
キムの言葉に、真顔になったマークとレイも揃って頷く。
「平和がいいよね」
しみじみと呟いたレイの言葉に、二人も真顔で何度も頷いたのだった。




