今日からの予定
「うわあ、美味しそう」
案内された部屋には少し遅めの昼食の準備がされていて、目を輝かせて嬉しそうにそう言ったレイは、素直に案内された椅子に座った。
しかしラスティを座ったままでチラッと横目で見たレイは、彼が苦笑いして首を振るのを見て小さく頷いてから密かにため息をこぼしたのだった。
竜騎士隊の本部の兵舎にいる時に、もしもなんらかの事情で部屋にいるレイが一人で食事を食べる事があれば、基本的に執事ではなくラスティが世話をしてくれる。
だが、病気や怪我で寝込んでいる時でも無い限り、食事の用意といっても準備してあった料理をテーブルに並べるだけなので、準備が済めばラスティも一緒に座って別の軽食を食べたり、時にはレイと一緒の食事をしてくれる事もある。
今までだって、ゴドの村にいた頃には食事は母さんや村の皆と一緒に必ず食べていたし、ブルーと出会って以降はタキス達森の家族と一緒の食事が基本だった。
オルダムに来て以降もレイが一人で食堂へ行く事はまず無いので、本部にいれば一人で食事をする事はほぼ無い。
だが、ここではラスティは絶対に食事に同席してくれない。
厳然たる身分制度があるこの世界では、屋敷の主人がその主人の従者と同席して食事をするなど有り得ない事なのだ。
本部の食堂で皆が一緒に、時にはアルス皇子までもが一緒に同じ内容の食事をするのは、あくまでも軍内部という特別な枠の中の世界だから許されている事なのだ。
一人での食事を寂しがるレイを知っているラスティだったが、ここでは黙ってアルベルトと共に給仕に徹していたのだった。
食事が終わってカナエ草のお茶のおかわりをもらいながら、レイは困ったようにラスティを見た。
「ねえ、この後の予定ってどうなっているんですか? 今日はここに泊まるんだって聞いたけど、何かお披露目のための準備とかがあるのかな?」
力仕事なら少しは手伝えるだろうが、正直言って肖像画のお披露目会と言われても、あの恥ずかしい肖像画を見せる以外に何をしたらいいのか、レイには想像も出来ない。
そんなレイの気持ちなどお見通しなのだろう、ラスティが笑顔で頷いてアルベルトを見た。
「もちろん、お披露目会の準備は我々が全ていたしますので、どうぞレイルズ様は、前回と同様にお楽しみください」
笑顔で一礼したアルベルトの言葉にレイも笑顔になる。
「そうなんですね。準備をありがとうございます。えっと、じゃあ今日はもう特に何もする事は無いのかな?」
すると、何故かラスティがにっこりと笑ってワゴンに置いてあった書類の束を手にした。
「では、ただ今からお披露目会に関する報告と、レイルズ様のご意見を伺わせていただきます」
「えっと、僕の意見ですか?」
首を傾げるレイに、ラスティが手にしていた書類の一部をレイに渡した。
「こちらが、今回の招待客のリストになります。前回のお屋敷のお披露目会の方々の中から厳選させていただきました」
素直に渡された書類に目を通す。
確かに前回のお披露目会よりもかなり人数は少ない。
さっきブルーが言っていたように両公爵やアルジェント卿、竜騎士隊の人達以外に書かれているのは、ジャスミンとニーカ、それからティミー以外だと、マークとキム、それからジョシュアやチャッペリー、リッティロッドにフレディ、ロルカとフォルカー達、精霊魔法訓練所の友人達くらいだ。今回は、リンザスとヘルツァーがいないのは当然だが、残念だと思ってしまったレイだった。
「ああ、彼らも来てくれるんだね」
軍人であるリンザスとヘルツァーは国境の砦にいるのでオルダムにはいないし、それ以外のジョシュア達もお城の事務官として勤めているか、お父上の仕事を手伝ったりしているので、夜会などにはあまり参加していない。
大きな夜会では顔を見る事もあるが、あまりそういった場ではちょっと挨拶をして近況報告をする程度でゆっくり込み入った話も出来ない。
結局、商人であるクッキー以外はなかなかゆっくり会う機会がなくて少し寂しい思いをしていたので、ここで会えると聞いて密かに喜んでいるレイだった。
それに、年が明けて以降はマークとキムもかなり忙しいらしく、朝練の際に顔を合わせる程度でこちらもなかなかゆっくりと話が出来なくて寂しい思いをしていたのだ。
彼らとも久し振りにゆっくり会えそうで笑顔で頷いていると、軽く咳払いをしたラスティがレイを覗き込んだ。
「本来は、お客様を招いてのお披露目会は明日行う予定だったのですが、もしレイルズ様が希望なさるようでしたら、すぐに来てくださるとの事です」
「え? 誰が来てくれるの?」
意味が分からず、思わず顔を上げてラスティを見ながら首を傾げる。
「マーク軍曹とキム軍曹は、連絡してくださればいつでも来てくださるとの事です。明日は両公爵閣下とアルジェント卿をお招きしての昼食会を予定しておりますが、特に両公爵閣下がお二人とゆっくり話をしたいとの仰せでしたので、よければマーク軍曹とキム軍曹にはこの後すぐに来ていただき、このままここにお泊りいただいて明日の昼食会をご一緒いただこうかと考えております」
驚きに目を見張るレイに。ラスティがにっこりと笑って頷く。
「殿下をはじめ竜騎士隊の皆様方は、明日の午後からお越しになられます。もちろん、ティミー様、ジャスミン様とニーカ様もご一緒に来られます。精霊魔法訓練所のご友人方に関しましては、明後日の本読みの会にも参加されたいとの事でしたので、明後日にお越しくださる事になりました。もちろん、竜騎士隊の皆様方や、マーク軍曹、キム軍曹も本読みの会の開催期間中はご自由にお泊りいただく予定ですが、これでよろしいでしょうか?」
「はい! それでお願いします!」
満面の笑みで頷くレイに、ラスティも満面の笑みで大きく頷く。
『おやおや、これはまた大騒ぎになりそうな予感がする顔ぶれだなあ』
嬉しそうにラスティと話をするレイを見ながら、呆れたように笑ってそう呟くブルーの使いのシルフだった。




