ドールハウスの製作依頼
「うう、すっかり忘れていたけど、確かに肖像画のお披露目会もするって言っていたね。うん、でもまだ日にちがあるから、それまでに頑張って出品用のドールハウスを作ろうっと」
ロッカの細工部屋に行ったレイは、大きなため息を吐いて積み上がった木箱を見た。
「じゃあ、まずは整理してどれを作るか、順番を決めないとね」
小さく笑って剣帯を外したレイは、壁面の金具に外した剣帯と一緒に脱いだ上着も引っ掛けておき、腕まくりをしてまずは積み上がった木箱を下ろして蓋を開け始めたのだった。
「おやおや、これはまた沢山購入されたんですね。ドールハウスの個展でも開かれるのでしょうか?」
レイが細工部屋に来ていると聞いてロッカとリムロスが様子を見に来てくれたのだが、予想以上に大量に積み上がった材料の数々を見て揃って驚きの声を上げた。
「えっと、今月末に慈善事業の団体の為の寄付集めの夜会があるんだって。出品されたものを競りにかけて資金を集めるんだって。そんなの聞いたら無視は出来ないでしょう? それで僕もドールハウスを出品してみようかと思ったの。だからマルティン商会に頼んで、比較的簡単に作れそうな組み合わせをいろいろ用意してもらったんだ。もうどれも可愛くて、ちょっと調子に乗って買い過ぎたかなあって、今後悔しているところです」
苦笑いするレイの説明に、ロッカ達が納得したように頷く。
「レイルズ様、それでしたらちょっとした提案がございますが、よろしいでしょうか?」
にっこり笑ったロッカが、木箱の中身を見てからレイを見上げた。
「今回、例の人形の人気に対応する為に、リムロスを含め我が工房でミニチュア部門を立ち上げましたが、彼以外はまだ通常の業務についており、特にミニチュアに関係する業務は行なっておりません。そこで提案なのですが、レイルズ様からミニチュア部門の者達へこのドールハウスの制作依頼をする、という形を取って、作るのを我らに任せてはいただけないでしょうか。もちろん出来上がったドールハウスは、その寄付集めの夜会へのレイルズ様からの出品物としてくださいませ。ですが、個人的な意見を申し上げる事をお許しいただけるのであれば、レイルズ様がそういった趣旨の夜会にご自身が制作なさったものを出品なさるのであれば、逆に一点もののちょっと手の込んだものを出品なさる方が集まる金額は間違いなく上がると思いますぞ」
そのあたりの貴族の人達の考えに詳しいロッカは、こんな簡単な仕様のものをわざわざレイが量産するのではなく、間違いなく高値が付くであろう彼が作った一点もののドールハウスを出品するように提案したのだ。
『ふむ、そこの彼が言う事にも一理ある。確かにレイが作るのなら、一点ものの手の込んだ物にすべきだな』
笑ったブルーの使いのシルフの言葉に、ロッカとリムロスも笑顔になる。
「おお、蒼竜様直々のお越しとは光栄です」
彼の目には大きな伝言のシルフとして見えているその影に向かって、笑顔になったロッカがその場に跪いて握りしめた両手を額に当てて深々と頭を下げる。リムロスもそれを見て、慌ててそれに倣った。
『ふむ、構わぬから顔を上げなさい。良き提案を感謝するぞ』
優しいその言葉に、顔をあげたロッカとリムロスは大感激していたのだった。
「確かにそうだね。じゃあ、これはこのままお預けしてもいいですか? えっと、それとも正式な依頼なら何か書類とかを出したほうがいいのかな?」
さすがに個人的な制作依頼に関してどうしたらいいのかなんて教えてもらった覚えがない。
「はい、では書類を持って参りますので、このままお待ちください」
「あの、それなら俺が持ってきます!」
立ち上がったロッカがそう言うのを聞いて、立ち上がったリムロスが手を上げてそう言い大急ぎで部屋を出て走って行ってしまった。
そんな彼を苦笑いして見送ったロッカは、一つ深呼吸をしてから改めてレイを見上げた。
「では、一応制作する分の内容の確認をさせていただきます」
「えっと、これが今回の材料の納品書だよ。僕も今から数を確認しようとしていたの」
笑顔で頷いたレイは、説明書と一緒に渡された、今回彼が注文して届けてもらった内容の明細が書かれた納品書をそのままロッカに渡した。
「ああ、ありがとうございます。では届けられた内容に間違いがないかだけ確認して、これをそのままお預かり分として書類に書かせていただきます」
納品書を見たロッカも笑顔になり、まずは一緒に材料の確認をしていったのだった。
書類を手に急いで戻ってきたリムロスも加わり、一通りの材料の確認が終わったところで改めて教えてもらいながら製作依頼書を書き、レイがサインをしてロッカに渡した。
「では、急ぎ作業に入らせていただきます。ではレイルズ様は、ここでもっと豪華なドールハウスの製作をなさってください。もちろん、何か分からない事があれば、いつでもご相談ください」
「はあい、じゃあそっちはお任せするからよろしくね。それなら僕は、もう一回マルティン商会に来てもらわないといけないね」
笑ってそう言ったレイは一旦本部に戻り、ラスティに事情を話してもう一回マルティン商会を呼んでもらったのだった。
事情を聞いたマルティン商会は大喜びで本当にすぐに来てくれて、相談の結果。前回作ったのよりももう少し豪華で、部屋の仕様を自由に選べるタイプの組み合わせを用意してもらった。
そしてかなり悩んだ末に、作るドールハウスは郊外にある趣味の別荘で天体観測をする為の屋敷、という設定にして、天体観測をする為の窓の大きな部屋を大きく取り、その隣の部屋には書斎を作り、全体に飾る小物も天体関係の小物を中心に作る事にした。
これなら、ハンドル商会のシャムのところで沢山買った天体関係のミニチュアの道具や天体関係のミニ本がそのまま使えるし、もしも足りなければすぐに持ってきてもらえる。
注文した材料をまたまとめて細工部屋まで運んでもらい、レイは大張り切りで早速外壁部分の組み立てから嬉々として作り始めたのだった。
レイは、そこからお披露目会が始まるギリギリまでかかって立派なドールハウスを仕上げたのだが、どう見ても誰が作ったのか丸分かりの仕様になったそれを見て、ルーク達は見事な出来栄えに感心しつつも揃って苦笑いしていたのだった。
しかもレイが慈善事業への資金集めの為のドールハウスを、しかもかなり手の込んだ仕様になっていて天体観測をする部屋まで作っているのだとルークから聞いたマティルダ様やサマンサ様が、それならばと張り切ってくださり、ドールハウスの大きさに合わせた見事な天球図の刺繍を二枚も作って届けてくれたのだ。
見事な仕上がりのそれを見て大喜びしたレイは、早速ドールハウスの玄関部分と、それから観測部屋の壁面にその刺繍の天球図を飾り、竜騎士隊の面々もその見事な刺繍に揃って感心する事になったのだった。




