初めての食堂
「神殿へ行きたいんだって?」
侍女達と人形を前に楽しく盛り上がっているところに、シモナと一緒にタドラが来てくれた。
「タドラ様! そうなんです。この細い絹糸で、神殿の大先輩方に人形用のレースを編んでくださるようにをお願いしたいんです!」
「それで、せっかくなので一緒に神殿に渡す見本用の人形が欲しんですが、さすがにすぐには手に入りませんよね?」
振り返ったニーカとジャスミンが、目を輝かせてタドラに自分達の持っている人形を見せながら口々にそう言って揃って笑顔になる。
「ああ、確かに細い糸でレースを編んで貰えば人形用に使えるね。うん、頼むのは構わないけど、さすがに今二人が直接神殿へ出向くのはちょっと色々とまずいかなあ。じゃあこうしよう。明日にでもその人形を手配してあげるから、それが届き次第僕が神殿へ一式持っていってあげるよ。そうすれば、伝言のシルフを通じてにはなるけど、その場で直接二人から僧侶達や巫女達にお願いすればいい。この糸を使って人形用のレースのリボンやフリル、チュールレースやレース編みのドレスなんかを編んで欲しいってね。それに、もしかしたらこれは神殿の貴重な売り上げの見込める生産品になるかもしれないね。ちょっと後でルークに話を通しておくよ」
最後は真顔になったタドラの言葉に、ニーカは首を傾げているが、ジャスミンは満面の笑みになった。
「間違いなく大人気になると思います! 出来れば製作者の方に、少しでも編み賃が渡るようにしていただけると嬉しいです」
「そうだね、その辺りはルークと相談するよ。じゃあ、渡す分の糸はまとめておいてくれるかな。人形の手配が出来れば取りに来るからさ」
「はい、よろしくお願いします!」
綺麗に揃った二人の言葉に、タドラも笑顔で頷くのだった。
「さて、ところで二人は夕食はもう食べた?」
笑ったタドラの言葉に、人形遊びが楽しくてすっかり夕食の事を忘れていた二人は、改めてそう聞かれて揃って小さく吹き出した。
「実は、戻ってきてからずっとこれを作っていました」
「ほら、レイルズに作ってもらったお裁縫箱です」
小さなハサミや綺麗に折り畳まれた布、色とりどりの糸が巻かれた糸巻きを見てタドラの目が見開かれる。
「ええ、凄い。これ、さっきから今までの時間で用意したの?」
「はい。もう嬉しくて夢中になって遊んでいました」
恥ずかしそうなジャスミンとニーカの言葉に、タドラは小さく拍手をしてくれた。
「じゃあ、夕食はまだなんだね。せっかくだからお人形遊びは一旦お休みにして、一度ここの食堂へ行ってみるかい? もちろん、レイルズ達と一緒にね」
「ええ! いいんですか?」
目を輝かせたニーカが、身を乗り出すようにしてタドラの袖を掴む。
「行ってみたいって言っていたんだって聞いたからね。ええと、服装はそのままで構わないよ。じゃあ、行こうか」
笑ったタドラの言葉にジャスミンとニーカは満面の笑みで頷き、一緒に部屋を出て階段を降りて行った。
そのまま三階の休憩室にいたレイとティミー、ルークとロベリオとユージンに声を掛けて従卒達と一緒に食堂へ向かう。
今日は薄紅色のふんわりとした可愛らしいドレスを着たニーカは、並んで階段を降りる薄緑とオレンジ色に染め分けられた素敵な細身のドレスを着たジャスミンをこっそり横目で見た。
まだまだ細くはあるが、最近少しずつ女性らしい体になってきたジャスミンの着るドレスは、今日のように細身で体の線を強調しているドレスが多い気がする。
同い年なのに完全に子供体型なニーカとは大違いだ。
「せめて、もうちょっとくらい胸が出てくれてもいいのになあ」
フリルで隠してくれている真っ平な自分の胸を思い出して、ちょっと悔しくなって密かにため息を吐いたニーカだった。
「うわあ、広いのね」
しかし、到着した食堂を見た途端にそんな気鬱は全部吹っ飛んでいき、ご機嫌になるニーカ。
「ほら、これを一人一つずつ取ってね。お皿はこれをどうぞ」
そんなニーカの様子を見て笑ったレイが、彼女達の分のトレーとお皿も取って渡してくれる。
「訓練所の食堂と同じね。好きな物を好きなだけ取る。ええと、じゃあどれにしようかなあ。うわあ、訓練所の食堂よりも料理の数も多いし美味しそう!」
嬉しそうなニーカがそう言ってレイの後ろについて列に並ぶ。笑ったジャスミンとタドラ達もその後に続いた。
ここの食堂は基本的に兵士向けの料理が中心なので、どうしても肉料理が中心で味の濃いものが多く、野菜や味の薄いものは少ない。実はジャスミンは苦手な料理も多いのだ。
「この燻製肉は美味しいからおすすめだよ。あ、こっちのレバーフライはいつもお部屋で食べているのと一緒だから、大丈夫なら少しでもいいから食べてね」
笑ったタドラも彼女達の後ろに並んでいて、そう言いながら料理の説明をしてくれる。
「レバーフライは、ここに来てから好きになったわ。じゃあ一つもらおうっと」
嬉しそうにニーカがそう言ってレバーフライを一つ、トングでつまんでトレーに並べたお皿に取る。
初めて見る知らない料理の数々を前に、レイやタドラにどんな味なのかを教えてもらいながら少しずつ取る。
「この、リコリと鶏肉のビネガーソース和えは美味しいから私の好きな料理なの。こっちの生野菜のサラダと一緒に食べるのがおすすめよ」
笑顔のジャスミンの説明に、ニーカも笑顔で頷きスプーンを使ってちょっと苦労しながら教えられたそれを生野菜のサラダと一緒に自分のお皿に取った。
そんな風にしてゆっくり一つずつの料理の説明を聞きながら選んでいるせいでなかなか前に進めず、少し前からニーカ達の背後には兵士達の大行列が出来ているのだが、並んだ兵士達は、先頭で止まっている見慣れないドレス姿のジャスミンとニーカを見て笑顔で頷き合い、文句も言わずに大人しく並んで待ってくれていたり、一旦列から離れて先にお茶の用意をしに行ったりしていたのだった。
『おやおや、料理を選ぶだけで大騒ぎだな』
ブルーの使いのシルフの笑った言葉に、クロサイトの使いのシルフも笑顔で頷く。
『ニーカはここに来たがっていたからね』
『自分で料理を選ぶのも楽しそう』
『きっとどれも美味しいんだろうね』
『そうだな。我らには食べられぬが、レイはいつも美味しいと言ってたくさん食べているぞ』
『ラピスの主殿は確かにいつもたくさん食べているね』
『まだまだレイは育ち盛りだからなあ』
『ラピスの主殿の成長はもうそろそろ終わりでいいと思うなあ』
『あの身長をちょっとニーカに分けて欲しいくらいだよ』
『確かに、分けてあげられるならそうしてやりたいのう』
呆れたように笑ったクロサイトの使いのシルフの言葉に、ブルーの使いのシルフも面白そうに笑いながらそう言って何度も頷いていたのだった。




