ニーカの思いつき?
「はあ、予想以上の素晴らしい出来だったわね」
「本当よね。ちょっと鞄の形になっているだけだと思っていたのに、まさか、革のトランクの蓋が開いて中に物が入れられるなんてね」
四階の休憩室へ戻ったジャスミンとニーカは、ソファーに並んで座ると、今貰ってきたばかりのトランクと裁縫箱を早速取り出して並べた。
「ねえ、この前届けてもらった、あの小さなハサミならここに入るのではなくて?」
手を打ったニーカの言葉に、ジャスミンも目を輝かせて頷く。
「確かにぴったりかも! ちょっと待って!」
慌てたように立ち上がって、ジャスミンが自分の部屋から可愛らしい小箱を持って戻ってきた。
布製のその小箱の中には、城のミニチュア小物を作っている職人から届けられたもので、とても小さなハサミをはじめとした、小さな道具が幾つも入っている。
「ほら見て、これなら大きさがぴったりだわ!」
ちょうど裁ち鋏くらいの大きさだが、レイが作った裁縫箱にぴったりと収まった。
「針山はこれを使えばいいわね。じゃあ、余り糸をこれに巻いて入れておきましょう!」
木製の、これまたごく小さな糸巻きを取り出し、嬉々として小瓶に入れてあった余り糸を巻き始める。
「じゃあ、私はこっちの布を畳んで入れるわね」
細い少女達の指でも取り落としそうになるくらいの小さな道具が次々に生み出されていく。
控えていた侍女達は、仲良く楽しそうに遊び始めた二人を見て笑顔で頷き合い、用意していたお茶のポットと茶葉をそっと下げたのだった。
「ねえジャスミン、私いい事を思いついたと思うんだけど、聞いてくれるかしら」
裁縫箱に小さく畳んだ布を入れたニーカが、不意に顔を上げてにっこり笑ってジャスミンの腕を叩いた。
小さな糸巻きに、糸を巻きつけていたジャスミンが驚いたように手を止めて顔を上げる。
「何々? 何を思いついたの?」
「神殿の、レース編みの上手な方にこの子達に合わせた小さなレースを細い糸で編んでもらえないかなって思ったの。出来上がったそれは、私がちゃんと値段をつけて買い上げればいいのよね?」
ニーカが手にしているのは、ドレスを着た女の子の人形だ。
「今、この子用のドレスを縫っているけど、袖口のレース編みはちょっと糸が太いからゴワゴワしちゃうの。ジャスミンも以前言っていたでしょう? もっと細い糸のレースがあればいいのにって。私には無理だけど、神殿にはすっごく上手にレースを編んでくださる大先輩が大勢いらっしゃるんだもん。お願いすれば極細の糸で編んでもらえないかなって思ったんだけど、駄目かな?」
人形の細い袖を引っ張るニーカの言葉に、ジャスミンは満面の笑みになった。
「今すぐお願いしましょう! 縫い糸くらいの細さの糸で編んでもらえたら、絶対、最高に繊細で可愛いレースになるわ。素敵素敵!」
手を取り合って大喜びした二人は顔を見合わせて大きく頷き、とりあえず散らかした道具を慌てて片付け始めた。
「ねえ、ちょっと聞きたい事があるの。絹糸で極細の縫い糸ってどれくらいのがあるかしら?」
片付けたところで、控えの間に向かってジャスミンがそう尋ねる。
「はい、ただいま」
すぐに侍女達が出てきてくれ、ジャスミンの質問に少し考える。
「少々お待ちください。ただいま持ってまいります」
侍女の一人が一礼して下り、しばらくして極細の絹糸の束を手に戻ってきた。
これは城の刺繍を専門にしている縫い子達が紡いだ極細の絹糸で、まだ染めていないのでやや黄色味がかった白色のままだ。
「うわあ、すっごく細いのね。これって全部使っても構わないですか?」
受け取ったニーカの質問に、侍女頭のシモナが笑顔で頷く。
「はい、たくさんいただいて参りましたので、どうぞ好きなだけお使いください。足りなければまた貰ってまいります」
「ええと、これを神殿の僧侶様達に渡して、人形用のレースを編んでいただこうと思うの。このまま渡しても構わないですか?」
「ああ、それは良い考えですね。神殿の僧侶様のレース編みの腕前は素晴らしいですから、きっと素敵なレースを編んでくださいますよ」
笑顔のシモナの言葉にジャスミンとニーカが嬉しそうに頷く。
「それで、これを持って神殿にお願いに行きたいんだけど……今から神殿へ行くのは駄目ですか?」
竜騎士隊の本部に引っ越してきてから、ニーカはまだ一度も神殿に顔を出した事がないし、そもそも一人で本部から外へ出た事がない。
まだ精霊魔法訓練所へも、こっちへ引っ越してからは一度も行けていないのだ。
なので、間違いなく勝手に神殿へ行くのは止められるだろう。
「それは……少しお待ちください。タドラ様に確認してまいります」
困ったようにシモナがそう言い、一礼して部屋を出て行った。
「最悪、もしも神殿に行くのを止められたら、糸だけ届けて、後からシルフ達を通じてお願いするしかないわね。ああ、そうか。そうなるとサイズ合わせの為の人形がいるわ。ううん、手に入るかしら?」
今彼女達が持っているのは、それぞれすべて種類の違う人形で、同じものが一つもない。なので、これを神殿に渡してしまうと彼女達の遊ぶ分が無くなってしまう。
「ねえ、この人形って手に入る?」
控えていた侍女の一人に、ジャスミンが少し声をひそめてそう尋ねる。
「もしや、神殿に渡す分でしょうか?」
話を聞いていた侍女が、ジャスミンが手にしている人形を見てそう尋ねる。
「だって、レースを作ってもらうなら大きさの確認用に一通り要るでしょう? それに人形を渡しておけば、もしかしたら総レース編みのドレスなんかも作ってもらえるかもしれないしね」
にっこり笑ったジャスミンの言葉に、侍女達の目が見開かれ、横で聞いていたニーカが歓喜の声を上げたのだった。




