レイの肖像画と彼の願った事
「うわあ、すっごい! 誰この男前!」
正面から自分の肖像画を見上げたレイの開口一番の感想に、キルート達が揃って吹き出す。
そして足早に肖像画の正面に駆け出していった。
それを見て、こちらもまだ肖像画を見ていなかったラスティも、慌てたようにその後を追って肖像画の正面に立った。
そして、全員揃って歓声を上げたのだった。
「これは見事ですね。まさしく今のレイルズ様そのままだ」
感心したようなキルートの呟きに、他の護衛の者達も笑顔で頷いている。
「確かに見事な出来栄えですね。それに、肖像画の制作にガンディ様がご協力をいただいているのだと聞いて、一体何をなさっているのか疑問に思っていたのですが、これを見て納得しました。成る程。これはガンディ様でないと出来ませんね」
まだ肖像画を見上げたまま、半ば呆然としていたラスティがそう言って大きく頷く。
専用の台に立てかけられた大きな肖像画は、本当にもう一人レイがいるのではないかと思うくらいに、見事な出来栄えで、やや腰をひねって正面を見ている姿勢は一番よく肖像画で使われる、いわば定番の姿勢だ。
レイの肖像画もその姿勢になっているのだが、その横には腰くらいまである大きな天球儀が描かれている。
そして背後は壁になっているのだが、そこにはレイの顔よりもやや大きい肖像画が三枚、縦に並べて描かれていたのだ。
通常、肖像画に中心となる人物以外の人を描くことはほぼ無い。
だが、例えば歴代の当主の肖像画や、描かれている本人に特に近しい人物などが描かれる事はある。その場合は、今回のように本人の背景に、小さめの肖像画として描かれるのが慣例だ。
「ううん、俺達は知らないお方のようですね。誰でしょうか? キルート、お前、どなたかに見覚えがあるか?」
護衛の一人が、背景に描かれた三人をしばらく見つめた後、ごく小さな声でそう尋ねる。
「いや、俺もこのお三方には見覚えがないな。だけど、これがどなたなのかの予想はつくぞ」
笑ったキルートの言葉に護衛仲間が驚いて目を見開く。
「よく見てみろよ。描かれているのは竜人がお二人とドワーフがお一人。しかも、あの一番上に描かれているのは……もしかしたら以前、一度、ほんの少しだけお見かけしたような気がする。つまり、あの三人はレイルズ様のご家族だと思う。一番上に描かれているお方が、エイベル様のお父上であられるタキス様。そしてもう一人の竜人は、オルベラートで執事をしておられたというニコス殿で、ドワーフはギード殿……ですよね?」
最後は、小さな声で側にいるレイに尋ねる。
「キルート正解! そうだよ。僕の大切な家族のタキス、ニコス、ギードだよ」
満面の笑みのレイの言葉に、護衛の者達が揃って頷く。
彼らは人の顔を覚える訓練を受けているので、一度でも護衛に就いた人の顔はほぼ覚えているし、見かけた程度でも、いつ何処で見かけたか程度は覚えている。
キルートは、竜熱症を発症したレイを連れてタキスがブルーと一緒にオルダムに来た際、アルス皇子の護衛役の一人だった為に、遠くからではあるがタキスを見かけた事があるのだ。
必死になってようやく思い出した自分の記憶が間違っていなかった事に、密かに安堵のため息をもらしたキルートだった。
「それにしても、これを描くのにガンディ様が手伝われたとはどういう意味ですか?」
遠慮がちに、キルートがラスティにそう質問する。
「だって、これを描いてくださった画家の方は、一度もレイルズ様のご家族にお会いした事が無いのですよ。レイルズ様がどれだけ事細かに三人の容姿を言葉で説明したとしても、小さいとはいえこれだけの肖像画を一度も本人の顔を見ずに描くのは、さすがに無理でしょう?」
「た、確かにその通りですね」
護衛の一人が小さくそう呟いた時、キルートが何かを思いついたらしく納得したように大きく頷いた。
「ああ、確かにガンディ様なら、姿写しの術を使えばこちらの三人の姿を画家に見せる事が出来ますね。成る程。これは凄い。これは今のオルダムではガンディ様にしか出来ない仕事ですね」
「ああ、姿写しの術か。確かにそれなら、会った事が無くても描けるな」
護衛の者の呟きに、レイは満面の笑みで何度も頷く。
姿写しの術とは、幻術の一つで光の精霊魔法を用いて行われる術の一つで、非常に高度で難しい術でもある。
無地の人の形を模した人形に、任意の人物の姿を映し出し、あたかも目の前にいるかのように見せる術だ。立体的に見えるので、前からだけで無く横からや後ろから、ある程度は上下からも見る事が出来る。
ただしそれ自体が動く事はないので、すぐに幻術だと分かる程度でしかなく、扱い方としては犯罪者や問題のある人物を確認する際や、あるいは亡き人物を偲ぶ際などに用いられる程度だ。
また、術を行使する人が、その姿を映す人物を知っていないと出来ない為、実際には使い所が非常に少ない術でもあるのだ。
今回の場合、ガンディは蒼の森へも行った事があるので当然三人の顔をしっかりと覚えていた為に、レイの、肖像画に三人を描いて欲しいと言う、かなり無茶な希望に協力する事となったのだった。
「凄いよね。こうして見ると本当にそっくりだよ。嬉しいな。これを見ればいつでもタキス達に会えるや。でも、やっぱり僕はちょっと男前過ぎると思います……」
嬉しそうにそう言ってゆっくりとタキス達の肖像画を見たレイは、そのままつい中央に立つ自分の姿を見てしまい、大きなため息を吐いて顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。
「いえ、まさにそのままのお姿だと思いますよ。なあ、お前らもそう思うよな?」
何を言っているんだと言わんばかりのキルートの言葉に、護衛の者達も笑って大きく頷く。
「レイルズ様。ほら、立ってください。私も、キルートの言う通りだと思いますよ。本当に見事ですね。正直に申し上げて、思っていた以上の素晴らしい出来栄えです。これは大々的なお披露目会をしなければいけませんねえ。さて、戻ったら真っ先に吉日を調べないと!」
ラスティに手を引かれて立ち上がったレイだったが、その後に言われたラスティの言葉に、今度は悲鳴を上げて顔を覆ってもう一度床にしゃがみ込んだのだった。
『ふむ、何度か制作途中の様子は見ていたが、確かに予想以上の素晴らしい出来栄えとなったな。うん、良き絵師に当たったようで何よりだ。あの、白の塔の竜人にも礼を言っておかねばな』
部屋の窓辺に座ったブルーの使いのシルフの言葉に、並んで座っていたニコスのシルフ達も満面の笑みで嬉しそうに何度も頷いていたのだった。




