本部への帰還
「本日はありがとうございました!」
「ああ、俺も楽しかったよ。じゃあな、しっかり頑張って仕事をするように! ただし、怪我のないようにする事!」
「はい! 肝に銘じます! それでは失礼します!」
ルフリーと二等兵達三人は、カウリの言葉に満面の笑みでそう言ってその場で整列、直立して揃って敬礼をした。
カウリとレイがお手本のような綺麗な敬礼を返し、一旦休めの体勢になった四人は、それぞれに連れてこられたラプトルの手綱を受け取った。
「気をつけて帰るんだぞ。寄り道しないように。ああ、土産にお菓子の詰め合わせを多めに用意しておいたから、戻ったら皆と一緒に食べてくれよな」
驚いて振り返ると、全員のラプトルの鞍の後ろに荷物入れの籠が広げられていて、そこにはそれぞれに大きな木箱が幾つも入っていた。
「うわっ、すっげえ! ありがとうございます!」
間違い無く、普段の彼等では決して食べられないようなお菓子だろう。
目を輝かせてお礼を言うルフリー達に、カウリは苦笑いしながら何度も頷いていた。
満面の笑みで手を振って屋敷を後にする四人を一緒に見送ってから、レイはカウリと一緒に一旦部屋に戻って竜騎士見習いの制服に着替える。ここでカウリも元の竜騎士の制服に着替える。
「この制服は、後で俺の方から返しておくよ。ラスティにお礼を言っておいてくれよな」
レイが脱いだ制服は、すぐに執事が受け取り、軽くたたんでからそのまま下がる。
「ええ、僕があのまま持って帰るつもりだったのに」
執事の後ろ姿を見ながら慌てたようにそう呟くレイ。
「それくらいこっちでするから気にしなくていいよ。じゃあもう一回帰る前にうちの姫君の顔を見ていくか?」
「是非お願いします! オリヴィエ嬢って本当に可愛いよね。あの頬の柔らかい事」
自分の頬を両手で押さえても見ながらそう言って笑ったレイは、無言でしばらく自分の頬を揉み小さく吹き出した。
「うん、僕の頬もなかなかの柔らかさだよ。オリヴィエ嬢には敵わないけど、なかなかいい勝負が出来るんじゃあないかな?」
「どれどれ、あはは。確かに相当柔らかいぞ。成人年齢でその柔らかさって……ううん、若いってすげえな」
自分の頬を軽く叩いて見せたレイの言葉に、カウリは笑いながら手を伸ばしてレイの頬を遠慮なく摘んでそのまま軽く揉み、小さく吹き出してからそう言ってその手を離した。
顔を見合わせてもう一回吹き出し、そのまま二人で大笑いになったのだった。
「オリヴィエ嬢、それでは僕は本部へ戻りますね。今日はお会い出来て嬉しかったよ。早く大きくなってね。きっと美人さんになるんだろうね」
熟睡しているらしく、レイがそっと頬に触れても全くの無反応だ。
「これは、お乳をもらってお腹いっぱいになってご機嫌で寝ているんだよ。この時間が唯一平和な時間なんだよなあ」
その様子を見ていたカウリの言葉に、顔を上げたレイも笑って頷く。それから、耳を塞いでから軽く震えて見せる。
「そうそう。本当にあの泣き声だけはどうにかして欲しいと毎回思うよ。でもまあ、元気な証拠だと思えばあれも良い声に、聞こえる気がするようなしないような……」
「お父さんなんだから、そこは我慢してください。じゃあ、そろそろお暇します。厚かましくも二度もお邪魔しまして、本当にお世話になりました。それに今日はすっごく楽しかったです。チェルシーも、どうか体には気をつけてくださいね」
ゆったりとしたドレスに着替えたチェルシーにそう言い、そっと手を取ってチェルシーの手の甲にごく軽い口づけを贈る。
咄嗟の事に声が出ないチェルシーを見て、カウリが小さく吹き出す。
「こういう事をさりげなく出来るようになったらレイルズももう一人前だよ。ほら、こういう時はなんて言うんだ?」
まだ固まったままのチェルシーの背中を叩いたカウリの言葉に、若干ぎこちない仕草で軽く膝を折るチェルシー。
「た、楽しんでいただけたようで、良かったです。またいつでも、どうぞ遠慮なくお越しください」
顔を見合わせて笑顔で頷き合い、そっと手を離した。
それから二人に見送られてレイも銀鱗の館を後にしたのだった。
「えっと、本部に戻ったらちょうど昼食の時間だね。午後からは何をするのかなあ?」
鞍上で背筋を伸ばしながらそう呟く。
午前中に集まってお茶会だけと言うのは、貴族の間ではほぼ無い。
通常は午前中に屋敷に招けば昼食を共にするのだが、今回はそもその行儀作法とは全く縁のない一般兵だった事や、午前中の休暇を取ったとはいえ、四人もまとめて長時間仕事を抜けるのは色々と問題が出る可能性がある為、今回はこの時間になったのだと、レイはカウリからこっそり教えてもらった。
確かに第六班にいた時は、とにかくひっきりなしに様々な仕事があったし、手のかかる仕事も多かった。
片付けても片付けても、次から次へと様々な仕事が押し寄せてきた。
人数が多少増えたとは言っても、相変わらず彼等は影から組織を支える存在として、多忙な日々を過ごしているのだろう。
身分を隠してただの二等兵として第六班に行った時の事を思い出して、思わず笑みがこぼれたレイだった。




