それぞれの剣
「じゃあ、僕の剣も見てください」
少し恥ずかしそうに笑顔でそう言ったレイが、手にした剣をゆっくりと右手で抜いて見せる。
目の前に現れた、先ほどのカウリの時と同じく紛う事なきミスリルの見事な輝きを放つその剣に、ルフリー達四人だけでなくチェルシーまで一緒になって呆然と見惚れていたのだった。
「うわあ……」
五人の口から、ほぼ同時に感嘆のため息が漏れそれっきり誰も言葉が続かない。
「えっと……?」
全員から無言の注目を浴びたレイが、困ったようにカウリを見る。
彼等の驚きが手に取るように分かるカウリは、まだ固まったままの四人とチェルシーを見てから一つため息を吐いた。
「へえ、改めて見せてもらったけどお前の剣も見事なもんだな。いやあ凄い。ほうほう、お前の剣は片手持ちも両手持ちも出来るようになっているんだな。俺のと違って持ち手部分のガードが無い。ってか、そもそもデカすぎだろう、それ。ヴィゴの剣と同じぐらいありそうだぞ」
若干わざとらしく呆れたように笑ったカウリの言葉に、ようやくここで呆然としたままで剣に見惚れていた五人が我に返った。
「ああ、失礼しました。いやあ、本当に凄いです。ちょっと冗談抜きで見惚れすぎて放心してしまいました」
目を輝かせたルフリーの言葉に、二等兵三人が揃って頷く。
チェルシーは、身を乗り出すようにしてまだレイの剣を見つめている。
「レイルズ様。さっきから思っていたんですけど、これってラピスラズリですよね?」
剣の柄にはめ込まれた大粒のラピスラズリを見たルフリーの言葉に、レイが満面の笑みで頷く。
何となく、会話は主にルフリーがする流れになっているみたいだ。
「そうだよ。ラピスラズリはブルーの守護石だからね」
当然の答えに、これまた揃ってうんうんと頷く二等兵達。
全員が、また無言で抜き身のレイの剣を見つめる。
その時、レイの顔の横に唐突に一人のシルフが姿を現した。
レイとカウリには当然そのシルフが誰からの使いなのか分かっているが、精霊の見えないルフリー達には、そのシルフは普段の伝言のシルフと同じように白っぽい小さな影のような姿として見えているだけだ。
それに気付いて何か言いかけたルフリーだったが、一瞬口ごもってからまた無言になる。
そして、普段お世話になっている伝言のシルフの倍近くあるその大きな影を見つめ、その影を寄越したのが誰なのかを思いついた瞬間、慌てたようにその場に片膝をついて跪いた。そして、地面に減り込みそうな勢いで頭を深々と下げたのだった。
「も、もしや、あれはラピス様」
顔も上げずに床を見たまま、若干上擦った小さな声でそう呟いたルフリーの言葉を聞いて、目を見開いた二等兵達三人もようやくその大きな伝言のシルフの存在に気がつき、慌てたようにそれに倣った。
『ああ、構わぬから顔を上げなさい』
その大きなシルフから聞こえてきたのは当然ブルーの言葉だったが、何故か普段と違って話しているのは伝言のシルフの声だ。
「あれ? どうしたのブルー?」
当然のように大きな伝言のシルフにその名を呼んで話しかけるレイを見て、ルフリー達は改めて目の前の気安く自分達とも話してくれる無邪気な彼が、唯一無二の古竜の主である事を思い知らされていたのだった。
そしてもう一つ、今のレイの言葉は、普段と違ってわざわざ伝言のシルフの声を届けた事に対するどうしたの? だったが、跪いたきり顔も上げないルフリー達にとっては、自分の竜である古竜に対して、何かあったの? と平然と問う意味での、どうしたのブルー? だと聞いた。
四人の頭がますます下がり、もう地面に這いつくばる寸前だ。
『いや、なかなかに楽しそうだったのでな』
『ちょっと顔を見に来ただけだ』
面白そうに笑ったブルーの使いのシルフは、伝言のシルフの声でそう答えてからレイの頬にキスを贈り、それから跪いたままの四人のところへ飛んでいった。
『構わぬから、顔を上げなさい』
笑みを含んだ低い声でそう言われて、ギクシャクとした動きで跪いたままで顔を上げる四人。
『レイと仲良くしてくれて感謝するよ。今日はとても楽しそうだったからな』
笑ったその言葉に、もう四人は感激のあまり目が潤んでいる。
『ふむ。では、邪魔せぬうちに我は退散するよ』
ガチガチに緊張している四人の頭上でくるっと回って何かしたブルーの使いのシルフは、笑ってそう言うとそのままもう一度くるっと回ってから消えてしまった。
「えっと、今何をしたの?」
ごく小さな声で、空中に向かってそう尋ねる。
消えはしたが、間違いなくブルーの使いのシルフはこの部屋の何処かにいるだろうと確信しての質問だ。
『なに、真っ当に働く一般兵の正直者達に、ちょっとした祝福の贈り物をしただけだよ。大した事ではない。気にするな』
「えっと、よく分からないけどありがとうね」
それがどんなものかは分からないが、少なくとも祝福と言うからには悪いものではないのだろう。
笑ったレイの言葉に、にっこり笑って頷くブルーの使いのシルフだった。
ここで、我に返ったレイが抜いたまま持っていた剣を鞘に納め、立ち上がったカウリがまだ跪いたままだったルフリー達の腕を引いてとにかく立たせる。
そこまでして、ようやく立ち上がって揃って大きなため息を吐いたルフリー達とカウリが顔を見合わせ、ほぼ同時に吹き出して部屋は暖かな笑いに包まれたのだった。




