赤ちゃんのお世話と直伝の技
「うわっ! 何だよこれ!」
「うわあ! これは凄い!」
「うひゃ〜凄すぎる」
第二部隊の制服を着たカウリに案内されてとにかく建物の中に入った彼らは、玄関ホール正面に飾られていたミスリル鉱石を目にした途端、口々にそう言ったきり固まってしまった。
「こ、ここまで見事な遊色効果のあるミスリル鉱石は初めて目にしました! これは素晴らしい!」
固まる二等兵達と違い実家が宝石商を営んでいるルフリー上等兵は、目を輝かせて体を上下左右に動かしては見える角度によって違う遊色効果を確認してから、これ以上ない笑顔でカウリを振り返った。
「おう、褒めてくれてありがとうな。これは飾り台ごとレイルズが結婚祝いに贈ってくれたものなんだよ。俺も初めて見た時は、そりゃあ驚いたんだよ。ちなみに今でも、帰ってくるたびにこれを見て毎回感心しているぞ」
「ああ、レイルズ様からの贈り物なんですね。さすがですね」
感心したようなルフリー上等兵の言葉に、二等兵達三人は言葉もなく揃って感心していたのだった。
その後、簡単に室内を案内してからまずは赤ちゃんのいる部屋に向かう。
今日もオリヴィエ嬢は豪快な泣き声を元気に廊下にまで響かせている。
「おやおや、生後ひと月の赤ちゃんにしてはなかなかに元気な泣き声ですねえ。いつもこんな感じですか?」
今回の四人はまだ全員未婚だが、そろそろ結婚して子供が生まれた友人もいたりするので、皆、子育ての経験はなくてもそれなりの知識はある。
「おう、もう毎回鼓膜が破れるんじゃあないかと心配になるくらいに元気な泣き声だよ。ちょっと体が小さいらしいんだけど、そんなの関係ないとばかりの豪快なこの泣き声だからさ。もう無闇に心配するのは止めにしたよ」
苦笑いするカウリの言葉に、一瞬だけ真顔になる一同。
この世界での赤ちゃんの出生率は高いが、当然全ての子が無事に成長出来る訳はなく、特に一歳未満の赤ん坊の死亡率はそれなりに高い。
「小さいって……大丈夫なんですか?」
遠慮がちなケイタム二等兵の言葉に、笑ったカウリは大きく頷いた。
「ガンディによると、体自体は確かに小さいけど健康らしいから、まあ個性の範疇だろうってさ。クリスみたいなもんだろう?」
一同の中で一番小柄なクリス二等兵が、カウリの言葉に横を向いて吹き出す。
「確かに、俺も生まれた時から平均よりかなり小さかったらしくて親には心配かけたみたいですね。だけど体は頑丈でしたから、子供の頃から今まで、風邪なんてほとんどひいた事ありませんからね。健康優良児でしたよ」
「確かに頑丈だな。確か以前、祭りの時に屋台で買った串焼きで俺達全員腹下した時、一緒に食ったはずのクリスだけ何故か平然としていたもんな」
ジョエル二等兵の呆れたような呟きに、土産の串焼きで一緒になって腹を下したカウリもその時の事を思い出し、全員揃って大爆笑になったのだった。
「いつまで経っても部屋に入れないって。さあどうぞ」
ようやく笑いが収まったところで、ため息を吐いたカウリが笑ってそう言い一同を部屋に通した。
「うわあ、これが凄いなあ」
部屋に入るなり響き渡った豪快な泣き声に、四人はもう笑うしかない。
「今日はずいぶんとご機嫌斜めですねえ。どうしましたか〜〜」
完全に笑み崩れたカウリがそう言って、ベッドで豪快に泣くオリヴィエを抱き上げた。
その手つきにぎこちなさは一切なく、普段からこうして抱き上げているのであろう事が容易に想像出来て、四人は揃って密かに感心していたのだった。
「では、改めて紹介させていただきます。我が娘、オリヴィエ・ティリアです」
ちょっと泣き声が落ち着いたところで、苦笑いしたカウリが抱いている赤ちゃんを皆に見えるように体の向きを開けてそう言う。
「おお、これは可愛い。初めましてオリヴィエ様。お目にかかれて光栄です」
笑ったルフリー上等兵が小さな声でそう言い、指の甲でそっとその柔らかな頬を撫でた。
「うわあ、なにこの柔らかさ。ああ、これは堪らない!」
口を押さえて必死になって小さな声でそう言い身悶える。
「ふふふ。オリヴィエの可愛さが分かるか。よしよし」
何故かカウリがそう言って胸を張るのを見て、また一同が揃って吹き出す。
二等兵達三人も、同じようにそっと指の甲で触れてはあまりの可愛らしさと柔らかさに揃って悶絶していたのだった。
「あの、ところでチェルシー様は?」
「あ、確かに。久し振りにお目にかかれると思って楽しみにしていたんですけど、もしかしてお加減がお悪いとか?」
赤ちゃんがいる部屋に、普通は母親もいるはずだ。
不意に心配になったケイタム二等兵の言葉に、オリヴィエをベッドに戻したカウリは今更のように顔を上げて素知らぬ顔で部屋を見回した。
「ああ、もしかして手洗いかな。じゃあ、姫君も機嫌を直してくれたみたいだし、俺達もお茶にするか」
腕の中でいつの間にか熟睡したオリヴィエの額にそっとキスを贈ったカウリは、もうこれ以上ないくらいにゆっくりとベッドにその小さな体を下ろした。
「いけるかな?」
ごく小さな声で呟きながら、小さな体の下になった右腕をこれまた出来る限りゆっくりと引き抜こうとしたが、その瞬間に小さな声を上げてモゾモゾと動いたオリヴィエを見てぴたりと止まる。
部屋にいた全員がその瞬間に察した。これは、ベッドに戻した瞬間に確実にまた泣くな、と。
「あの、こうすれば、かなりの確率で泣きませんよ」
それを見たクリス二等兵が、側にいた侍女に何か言って握る振りをする。
「ええ、そうなのですか?」
驚く侍女に、クリス二等兵は笑って頷く。
「もちろん、絶対ではありませんけれどね」
その言葉に頷いた侍女が、オリヴィエをベッドに戻しかけたまま何事かと振り返ったカウリの横に立つ。
「失礼します」
一声かけたその侍女は、オリヴィエの小さな両手をそれぞれの手で包むようにしてそっと握ったのだ。
「カウリ様、そのまま腕を抜いてください」
にぎにぎと一定の間隔で小さな手を優しく握る侍女の言葉に、カウリは驚きつつ言われた通りにそっと腕を抜く。
「おお、泣かないぞ」
何故か少し身じろぎしただけで、オリヴィエ嬢はそのまままた眠ってしまったのだ。
「この、ようやく寝てくれた赤ちゃんをベッドに戻した時に、両手や両足をこんな風に何度も握ってやると、何故かそっちに気を取られるみたいでかなりの高確率で泣かないんですよね。ぐずった時なんかにもかなり効果がありますので、よかったらやってみてください。ちなみにこれは、俺の知識じゃなくて、只今絶賛子育て中の俺の幼馴染からの直伝の技です」
笑ったクリス二等兵の言葉に、部屋にいた全員がこれ以上ないくらいの笑顔で小さく拍手をしたのだった。
「じゃあ、オリヴィエの事はよろしくな」
部屋にいた女性達に赤ちゃんの事を頼み、カウリの案内で部屋を移動する。
お茶を飲むのだと聞き一気に緊張する面々を見て、ついでにその緊張した様子を真似をして遊んでいるシルフ達を見て、この後の彼らの反応を考えたカウリは、もう笑いそうになるのを必死で堪えていたのだった。




