悪戯の準備開始!
「懐かしいな。どうだ? 着るか?」
「もちろんです! よろしくお願いします! カウリ伍長!」
目を輝かせたレイの答えに、カウリは堪える間も無く吹き出す。
「あはは、久し振りにそう呼ばれたな。いやあ、これを届けてくれたラスティに感謝だな。あ、いや、ラスティ様に感謝するところだな」
笑いながら、包みの中身を引っ張って高々と広げて見る。
そこにあったのは、今のレイの体に合わせて用意された、懐かしい第四部隊の制服だった。
ご丁寧に、二等兵の階級章までついている。
「初めて会った時、お前さんが着ていたのと同じ奴だな。確か、第四部隊からの応援要員って設定だったんだよな。しかも二等兵! ああ、ちょっと待て! 俺のもあるじゃねえか!」
レイに制服だけにしては妙に分厚いと思っていたら、なんと畳まれたレイの制服の下には、カウリ用のこちらも懐かしい第二部隊の制服が用意されていたのだ。しかも、ちゃんと伍長の階級章が付いている。
顔を見合わせて揃って吹き出したレイとカウリは、揃って大きく頷くといそいそと剣帯を外して服を脱ぎ始めた。
もちろん、レイが着ていたのはいつもの竜騎士見習いの赤い制服で、カウリが着ていたのは竜騎士の真っ白な制服だ。
「ううん……ここにこの剣帯は、ちょっと豪華過ぎじゃあないか?」
しばらくして、着替えを終えた二人はお互いの懐かしい姿を見てほぼ同時に吹き出した。
しかし、どう見てもカウリの言う通りで装備している剣帯が妙に豪華でもの凄く違和感がある。
「た、確かにそうだね。えっと、どうしよう」
「ちょい待った。ここはやっぱり元の装備にすべきだよな」
にんまりと笑ったカウリが隣室へと続く扉を軽くノックすると、すぐに控えていた執事が顔を出した。
第二部隊と第四部隊の制服を着た二人を見て、一瞬驚いたように目を見開いた執事は、すぐに納得したらしく笑顔で頷いた。
「一般兵士用の剣帯と鋼の剣をご用意致しましょうか?」
「取り急ぎ二人分頼むわ。でも、さすがにこの剣はどうするべきだ? 多分あいつらも間近で見たがると思うからなあ」
カウリの腰に装着してある剣は、陛下から賜ったカウリの為の唯一の竜騎士の剣だ。
「では剣帯のみ、すぐにご用意いたします」
一礼して下がる執事を見送り、カウリは笑ってレイを振り返った。
「なあ、もうこうなったらチェルシーにも制服を着てもらうべきじゃないか?」
「えっと、体調は大丈夫なんですか?」
確か、普段よりもかなりゆったりなドレスを着ていた覚えがある。
「ううん、どうだろうな。じゃあちょっと本人に聞きに行くか」
もう完全に面白がっている口調のカウリが、そう言って笑う。
「確かにそうだね。ああ、わざわざすみません」
すぐに戻って来てくれた執事から、これまた懐かしい一般兵用の剣帯を受け取った。
改めて見ると、普段しているものよりも革は薄いし幅も細めだ。そしてあちこちに傷がある。これは、普段マークやキムが装備しているのと同じだ。
「えっと、これはわざわざ用意してあったものなの? それとも、今の短い時間でどこからか借りてきてくれたの?」
明らかに使い込んでいるそれを見て、レイが不思議そうにそう尋ねる。
「ああ、それは元々俺とチェルシーが使っていた物だよ。こっちへ来る時に、せっかくだから幾つか持ってきたんだ。それにチェルシーは結婚した後もしばらくは一般兵として本部に勤めていたから、第二部隊の装備一式はここの屋敷にも置いたままにしてある。チェルシーも除隊はしたが、本人の希望で予備役、つまり万一なんらかの非常事態があった際なんかに、応援要員として働く人員に入っているんだ。だから、万一に備えて一通りの装備は常に用意してあるって訳」
なんでもない事のように言われて、驚きに目を見開く。
「待って。予備役って、じゃあ、じゃあチェルシーが前線に出る可能性があるの?」
真っ青になったレイの悲鳴のような質問に、驚いたカウリが慌てて顔の前で手を振る。
「落ち着け。まさか一般人として生活していた奴をいきなり前線に出すかよ。この場合は人が減った後方支援への増員だよ。つまり、以前やっていたみたいな事務方の応援要員だ。分かったか?」
「ああ、そうなんですね。びっくりした」
苦笑いするレイを見て、カウリも困ったように笑う。
「とはいえ、チェルシーには子供も生まれたし、万一の有事の際であっても、彼女が呼び出される可能性はかなり低いな。通常は独身や、子供がいても成人済みな奴が優先的に呼ばれるからさ」
「そうなんですね。それは初めて聞きます。除隊した後まで支えてくださる皆様に感謝ですね」
「そうだな。感謝しないとな」
笑ったカウリは、そう言ってそっと剣帯を撫でた。
予備役という役割は、軍に関する詳しい説明を聞いた際に教えてもらったが、単なる知識として覚えた程度で深く考えもしなかった。だが、確かに今のチェルシーならば希望すればその予備役の要員になれるだろう。
どれだけ多くの人に支えられているのかを改めて実感して、思わず背筋を伸ばしたレイだった。
「まあまあ、なんて服装でお越しになるのかしら!」
カウリ伍長に連れられて、第四部隊の二等兵になったレイが、前回も来た赤ちゃんの為の部屋に入る。
そんな二人を見て笑い転げたチェルシーは、目を輝かせてカウリの腕を取った。
「ねえ、もしかして私も着た方が良いわよね!」
「そうだな、大丈夫か?」
「もちろんよ。体調はもうすっかり元通りだし。ああ、でも絶対に妊娠している間に太っているから、以前の制服が入るかしら?」
自分の体をパタパタと叩いたチェルシーが、困ったように側にいた侍女を見る。
「と、とりあえず着てみましょう。少しくらいならなんとか補正しますので」
苦笑いした侍女の言葉に、チェルシーも笑いながら立ち上がった。
そのまま別室へ着替えに行った彼女を待つ間、レイは改めてオリヴィエ嬢に挨拶をして、そのふくよかな頬を指の甲で何度も撫でていたのだった。
そして、若干窮屈そうな第二部隊の制服を着たチェルシーが戻って来て、三人揃って大喜びで手を叩き合ったのだった。
「じゃあ、そろそろあいつらが到着する時間だな。出迎えは俺がするから、レイとチェルシーは向こうの部屋で隠れて待っていてくれるか。ここへ案内してオリヴィエを紹介したら、向こうの部屋でお茶にするからさ」
もう完全に面白がっているカウリの言葉に、満面の笑みのレイとチェルシーが揃って返事をして、執事の案内でお茶の用意がされた部屋に、ひと足先に向かったのだった。




