銀鱗の館へ!
「これで準備完了だね! じゃあ、行ってきます!」
「はい、では楽しんできてください」
笑顔のラスティに見送られて、剣帯に剣を装着して厚手のマントを羽織ったレイは足早に部屋を飛び出して厩舎へ向かった。
今朝はいつものようにしっかりと朝練で汗を流し、食堂でしっかりと朝食を平らげて少し部屋で休んでいた。
出発の予定時間になったところで嬉々として身支度を整え、部屋を出ていくレイを見送りながらラスティは堪えきれないように小さく笑った。
「さて、あの仕掛けはきっとレイルズ様なら喜んでいただけるでしょう。お戻りいただいた後の土産話を聞くのが今から楽しみです」
嬉しそうに小さくそう呟いたラスティの周りでは、彼には見えないが何人ものシルフ達が彼の呟きを聞いてうんうんと頷いていたのだった。
「レイルズ様、どうぞ!」
厩舎に入った途端、いつものように万全の準備が整ったゼクスの手綱を第二部隊の顔見知りの兵士が引いて連れて来てきてくれる。
「ああ、ありがとうね。あれ? 荷物があるね?」
もう、カウリへのお祝いは届けたので荷物は無いはずだが、まだ渡すものが何かあっただろうか?
ゼクスの鞍の後ろにある折りたたみ式のカゴに入った包みを見て首を傾げるレイを見て、手綱を持った兵士が笑顔で荷物を示した。
「この荷物はラスティ様からお預かりしました。お屋敷にお付きになれば、これはそのまま、先にカウリ様にお渡しくださいとの事です」
「そうなんだね。分かりました。じゃあ一番に渡すね」
中が何だかは分からないが、わざわざラスティが届けるように言ったのならそうすべきだろう。
素直に頷いたレイは、荷物を特に見たりする事もせずにゼクスの背に軽々と飛び乗った。
「じゃあ、もう一回銀鱗の館までお願いね」
軽く首を叩いてゆっくりとゼクスを進ませる。
待機していたキルート達が護衛についてくれて、レイはそのまま銀鱗の館へ向かった。
「ううん、今日もかなり寒いね。僕は火蜥蜴が温めてくれるから平気だけど、キルート達は大丈夫?」
前回と同じく、今日も頭上にはよく晴れた冬の青空が広がっているが、しかし吹き付ける風は前回よりもさらに冷えていて、正直に言って火蜥蜴に温めてもらっても指先や下半身はかなり寒い。
レイが着ている真冬仕様のマントは、襟元と裾に綿兎の毛皮が縫い付けられていてそれなりに暖かいのだが、それと違いキルート達護衛の者が着ているのは、どれも茶褐色や濃い灰色のほとんど厚みもない普通のマントだ。
もちろんそれは、万一の場合の動きを阻害しない為の仕様なのだろうが、今更ながら寒くはないか心配になった。
マントの襟元を左手で握って引っ張ったレイに聞かれて、側にいたキルートが笑って自分のお腹の辺りを手綱を持っていた左手で示した。
「一応、今日はかなり冷えそうでしたので、温石、つまり温めた石を包んでここに入れております。これがあればしばらくは大丈夫ですので、どうぞご心配なく」
「俺達も持っていますよ。あまり大きなのは、咄嗟の時の動きを阻害しますので、使っているのは小さいものですがね」
「これがあるだけでも、かなり違うからなあ。有り難いよ」
あと二人の護衛の者達もキルートの答えを聞いて笑いながら、それぞれ自分のお腹の辺りを手綱を持った左手で示した。
笑顔で頷きつつ、そこでレイはある事実に気が付いた。
確か前回も、そして今回も彼らは全員が手綱を左手だけで持ち、右手はマントの中へ入れているのだ。
何故そんな事をするのか、その理由を考えて理解したレイは小さなため息を吐いてもう一度頷いた。
「そっか。剣を持つ右手は、万一にも寒さで手がかじかんで動かなくなったりしないように、ああして温石で温めているんだね。すごいや。そんな事までしてくれていたんだ」
小さくそう呟くと、ニコスのシルフ達が目の前に現れて笑顔で頷いてくれた。
『もちろん今の主様を襲うような奴はいないだろうけれどね』
『例えそうであっても護衛の者達は常に最悪の事態を考えて行動するもの』
『故にああいった準備も時には必要となる』
『もちろんそれは彼らの仕事のうち』
『主様がそれに対して感謝こそすれそれ以上の対応は必要ないよ?』
「うん、もちろん分かってる。いつも万全の体制で守ってくれる皆に感謝しないとね」
笑って小さな声でそう言い、ニコスのシルフ達にそっとキスを贈った。
そのまま彼らと雑談を楽しみつつ道を進み、無事に銀鱗の館に到着した。
「いらっしゃい。待っていたぞ」
笑顔のカウリに出迎えられて、レイも笑顔でゼクスから飛び降りる。
「はい、厚かましくも二度も押しかけました。今日もよろしくお願いします!」
「もちろん大歓迎だよ。ああ、ラスティから何か預かっていないか?」
控えていた執事に手綱を渡したところでそう聞かれて、慌てて後ろのカゴに入っていた包みを引っ張り出す。
「はい、これだよ」
「おう、ありがとうな。じゃあこっちへどうぞ」
平らでやや重みのあるその包みを受け取ったカウリは、にっこり笑ってレイを連れて屋敷の中へ入って行った。
ここで護衛の者達とはひとまずお別れだ。
廊下を歩き、前回とは違う部屋に案内されて内心不思議に思いつつその部屋に入る。
しかし、部屋には誰もいない上に、やや応接室にしては質素な部屋だ。
「えっと……?」
意味が分からずに困って部屋を見回してからカウリを振り返ると、笑顔の彼は置いてあったテーブルの上に持ってきた包みを置いてゆっくりと開き、中にあったものを見せてくれた。
「ああ! それって!」
中から出てきたそれを見て、ラスティがこれを持たせてくれた理由を理解する。
「懐かしいな。どうだ? 着るか?」
「もちろんです! よろしくお願いします! カウリ伍長!」
目を輝かせた満面の笑みのレイの答えに、包の中身を手にしたカウリは堪える間も無く思い切り吹き出したのだった。




