勉強の準備と楽しみな事
「ただいま戻りました!」
「お疲れ様でした。楽しかったようですね」
本部の兵舎に戻ったレイを出迎えてくれたラスティは、もうこれ以上ないくらいのご機嫌なレイを見て、笑顔でそう言って何度も頷く。
「うん、赤ちゃんすっごく可愛かったよ。でもあんなに小さな体なのに泣き声の大きかった事。側で聞いていたら耳がジンジンするくらいに凄かったんだよ」
笑いながらそう言って耳を塞ぐふりをする。
「それは素晴らしい。お嬢様がお元気そうで何よりですね。少々お体が小さいと伺っておりましたから心配していましたが、どうやら杞憂のようですね。良かった」
剣帯と上着を受け取ったラスティの言葉に、レイが驚いたように振り返る。
「ええ、ラスティはカウリの赤ちゃんが平均よりもかなり小さいって事を知っていたの?」
「もちろんです。竜騎士様の皆様に関係する事や周囲での出来事については、基本的に従卒の間で常に情報を共有しますからね。何かあれば、即座に対応出来るようにする為です」
真顔になったラスティの答えに、レイは思わず口籠る。
「えっと、この場合の何かあればって……何?」
戸惑うようなその質問に、困ったように目を逸らしたラスティは、一つため息を吐いてからレイを見た。
「こう申し上げては何ですが、白の塔の医師達がどれだけ手を尽くしても、新生児の死亡率は決して低くはありません。ましてや、お母上であるチェルシー様はそれなりの年齢でしかも初産で、産まれた子はお身体がかなり小さい。最悪の事態は常に考えられますので……」
「でも、でも赤ちゃんはすっごく元気だったよ!」
レイの悲鳴のような声に、真顔のラスティが大きく頷く。
「はい、ですから実際にオリヴィエ嬢にお会いになったレイルズ様から、そのとても元気な泣き声を聞いたと言うお話を伺い、私も安堵いたしました」
「じゃあ、もう最悪の事態は無いよね?」
すがるようなレイの言葉に、ラスティは困ったようにしつつも笑顔で頷く。
「私は直接オリヴィエ嬢とお会いしておりませんから断言は出来ませんが、予定通りにお披露目会を開催して、皆様に生後ひと月ほどのオリヴィエ嬢を紹介なさったという事は、特に今のところお身体が少々小さいだけで問題は無いとカウリ様やガンディ様が判断なさったのでしょう。不安を煽るような事を言って申し訳ございませんでした」
そう言って深々と頭を下げるラスティを見て、ようやくレイも安堵のため息を吐いた。
「ううん、無知な僕に教えてくれてありがとう。そうだよね。お母さんのお腹の中で赤ちゃんが育つのも、赤ちゃんが無事に産まれて、そしてどんどん大きくなる事も、それから大仕事を成し終えたお母上がお元気になられるのも、どれ一つとっても本当に奇跡みたいなものなんだよね。後で精霊王の祭壇にお参りして、お礼を言ってきます」
少し恥ずかしそうにそう言って笑ったレイは、そのままソファーに座ってお気に入りの青いクッションを両手で抱きしめて横になった。
「ちょっと疲れたから、夕食まで少し休むね」
「そうですね。では夕食の時間になれば起こして差し上げますので、どうぞごゆっくり」
そう言って、ニコスが編んでくれた膝掛けを広げて掛けてくれた。
「うん、いつもありがとうね」
笑ってブルーのクッションに顔を埋めたレイは、そのまま静かになってしまった。
そんなレイを見て小さく笑ったラスティは、一礼してそのままレイが脱いだ上着を手に部屋を出て行った。
穏やかな寝息が聞こえてきたのは、それからすぐの事だった。
翌日とその翌日は二日ともルークと一緒にお城へ行き、一日中会議の傍聴をして過ごした。
新年度の予算の配分や新規事業の報告などを聞きながら、自分や竜騎士隊に関係のありそうな話題が出るたびにメモを取る。
後でルークが、このメモを確認して詳しい事を教えてくれる為、この作業は絶対に手を抜けない。
特に最近では、うっかり聞き逃した事があってもよほど重要な場合以外はほとんど教えてくれなくなっている。つまり、このメモがそのままレイの勉強の材料になっているのだ。
眉間に皺を寄せたレイは時折ニコスのシルフ達にも助けられつつ、もう必死になってメモを取り続けているのだった。
『ほら、今のところは重要だぞ。忘れずに書いておきなさい』
笑ったブルーの使いのシルフにそう言われて、慌ててメモを取る。
「ううん、メモがすごい量になってきたね。本当に、どれだけ勉強しても終わらないよ」
『まあそうだな。まだまだ勉強する事はありそうだな』
ブルーの使いのシルフの面白そうな声に、レイは密かにため息を吐いたのだった。
「でも、これが終われば、明日はまたカウリのお屋敷へ行けるから、頑張るよ。久しぶりに第六部隊の皆と会ってゆっくりお話し出来るから、すっごく楽しみなんだ」
新しいメモに次の議題を書き込んだレイは、嬉しそうに小さな声でそう言ってまた真剣な様子で聞き取った事や疑問に思った事などを細かく書き込み始めた。
ブルーの使いのシルフは特に何も言わずに、メモの横に座ってそんな彼の様子を愛おしげに眺めていたのだった。




