廊下に飾られていたもの
「はあ、じゃあ案内するからこちらへどうぞ」
まだ赤い顔をしたカウリの言葉に、ブルーをはじめとした竜達の使いのシルフ達が揃って笑っている。
カルサイトの使いのシルフも、困ったようにカウリを気にしつつ笑いを堪えている。
「ねえ、一体何があるの?」
興味津々なレイの質問に、小さく吹き出したブルーの使いのシルフがチラリとカウリを見てからレイの頬にキスを贈った。
『今から案内してくれると言うておるであろうが。まあ、楽しみにしているといい』
「ラピス。おまえさん、絶対に面白がっているだろう」
ジト目でブルーの使いのシルフを見たカウリの呟きに、ブルーの使いのシルフは声を上げて笑っていた。
書斎を後にして、次にカウリの案内で一行がやってきたのは奥まった廊下の一角で、そこの壁に飾られていたのは大きな肖像画だった。
やや薄暗い廊下は、今は光の精霊達が放つ優しい光に照らされていて、壁に飾られたその肖像画がよく見えるようになっている。
一枚目は、胸を張って立つ竜騎士見習いの赤い制服を着たカウリと、同じく一般兵の制服を着て並んで立っているチェルシーの姿だった。
だが、よく見るとカウリの腰にあるのは普通のミスリルの剣だ。
そして二枚目は、同じように胸を張って立つ竜騎士となった真っ白な制服を着たカウリと、やや細身だがふんわりとしたドレス姿のチェルシー。一枚目よりもやや立ち位置が近く、チェルシーがカウリに寄り添うように立っている。
そのカウリの腰にあるのは、今も身につけているのと同じ、陛下から賜った竜騎士の剣だ。
そして三枚目は、これも同じように胸を張って立つ真っ白な竜騎士の制服を着て竜騎士の剣を装着したカウリと、その横にふんわりとしたドレス姿のチェルシーが、おくるみに包まれた赤ちゃんを抱いて椅子に座っている姿だった、
どれも、ほぼ実物大に近いくらいの大きな肖像画で、見事な出来栄えだ。
しかし、居並ぶ見学者達の反応は、ここで見事なまでにキッパリと二つに分かれていた。
一つは、笑顔で肖像画の出来栄えを誉める人達。
両公爵とヴィゴは、それぞれ感心したように小さな声を上げたあと、笑顔で肖像画を見上げて感想を言い合っている。
特に、ディレント公爵は、何やら満足そうに何度も頷いた後にゲルハルト公爵に小さな声で何か言って、二人で揃って笑いながら小さく拍手をしていた。
若竜三人組も、同じように揃って目を輝かせて絵を見上げている。
「ああ、成る程。ここに飾ったのか」
「へえ、なかなかいい出来だな」
「うん、確かに良い感じだね」
頷き合って口々に褒める彼らの横で、真逆の反応をしているのがマイリーとルーク、そしてレイの三人だ。
「ねえ、これって……」
「だよなあ。さすがにこれって……」
あえて何が、とは言わずにレイとルークが顔を見合わせて主語のない会話をしながら、二人の顔は、もうこれ以上ないくらいに必死になって笑いを堪えている。
隣では、口元を押さえたマイリーが無言で俯いているがその肩がふるふると震えているのを見て、とうとうルークが堪えきれずに小さく吹き出した。レイもそれに続いて吹き出し、顔を見合わせた三人は無言のまま頷きあって、三人揃って必死で声を出さないように我慢しながら笑っている。
「だよなあ。やっぱりそうなるよなあ……」
そして、ルーク達と全く同じ反応をしていたのが、この絵の本人であるカウリだ。
ちなみにチェルシーは、もうここへ来た時から無言のまま下り、何故か今は執事とほぼ同じ位置にいる。
執事が、困ったように自分のすぐ横にまで下がってきたチェルシーを見ては、彼女を置いて一歩下がっているのだが、それに気づくとまた彼女が同じように下がるので、こんなに離れた場所に控える事になってしまっている。
「チェルシー、いいからこっちへ来てくれって。ほら、に〜げ〜な〜い〜」
笑って下がったカウリが、不自然なくらいに下がって控えていたチェルシーの腕を引いて戻ってくる。
しかし、耳まで真っ赤になったチェルシーを見て、もう遠慮なく吹き出したカウリだった。
「いやあ、これは予想以上だな」
ようやく笑いを収めたマイリーがそう言って改めて並んだ肖像画を見上げる。
「うん、確かにこれは予想以上だ」
「そうだね、確かにこれは予想以上だね」
マイリーの声に顔を上げたルークとレイが、まだ笑いを残した顔で揃って予想以上だと言って肖像画を見上げた。
優しそうな顔で微笑むチェルシーはとても美人に描かれていて素敵だ。
だが、どうしてもその横に立つカウリの顔に目がいってしまう。
何しろ、当の本人よりもかなり男前なのだ。
背景に花が散っているのでは? と錯覚しそうになるくらいに、ここだけ煌めく光が当たっているのでは? と言いたくなるくらいに、とにかく男前なのだ。
もちろん、カウリもご婦人方から密かに人気を集めるくらいには充分に整った顔をしているのだが、この肖像画のカウリは何というか、完全に観賞用の彫像のような顔になっている。
「これさあ、出来るだけ地味にしてくれって言ったらこうなったんだよ。どうしてこうなる? しかも、この絵師って、ディレント公爵閣下の紹介で来てくれた人だから、無碍にも出来なくてさあ……」
ルークの横へ来たカウリが、小さな声でそう言って顔を覆う。
「あはは、もう諦めろ。まあ、俺も初めて自分の肖像画を描いてもらった時は、正直言って恥ずかしすぎて直視出来なかったんだよなあ。思い出した」
「俺もそうだったなあ。今でも最初の一枚目は、見るたびに腹筋が鍛えられるぞ」
笑うルークの隣で、口元を右手で覆ったマイリーも、うんうんと頷きながらそう言って笑っている。
「はあ、しかもこれ、その時だけならまだしも、これが将来にわたってずっとこの屋敷に残るんだぞ。冗談抜きでどんな苛めだって……」
大きなため息と共にそう言ったカウリの呟きに、とうとうマイリーまで吹き出しルークとカウリも一緒になって大笑いになったのだった。
そして笑い転げる彼らの隣では、急に真顔になったレイが、無言でカウリの肖像画を見上げて固まっていたのだった。
『ん? どうかしたか?』
笑ったブルーの使いのシルフにそう言われて、レイもさっきのカウリに負けないくらいの大きなため息を吐いた。
「必死で忘れていたけど、今これを見て思い出しちゃったよ。そろそろ、僕の一枚目の肖像画も出来上がってくるって知らせが入っていたのをさあ……」
ごく小さな呟きだったが、残念ながらここにいた全員に聞こえていて、レイは全員からの大注目を浴びる羽目になり、情けない悲鳴をあげてその場にしゃがみ込んだのだった。




