銀鱗の館へ
「うう、良いお天気だけど、寒い!」
ゼクスの背に乗ったレイは、小さくそう呟いて真っ青な空を見上げた。
真冬の空は、今はわずかに雲があるだけでとても綺麗に晴れ渡っている。しかし、時折吹き付ける風はとても冷たく、手綱を握っている手袋をした指さえ冷えてかじかんでいる。
今のレイ達は、竜騎士隊の紋章の入った分厚めのマントを羽織っている。
真冬仕様のそれは、襟元とマントの裾部分に雪兎の毛皮が縫い付けられていて首元から胸元辺りは暖かいのだが、下半身や手が冷えるのはもう仕方がない。
「寒い……あ、ありがとうね」
もう一度寒いと呟いた時、レイの火の守り役の火蜥蜴がするりと出てきてレイの胸元に潜り込んだ。
胸元から広がった暖かさは、冷えてかじかんだ指先にもゆっくりと広がり体全体がポカポカと暖かくなっていった。
「寒く無くなったよ。いつもありがとうね」
火蜥蜴が潜り込んだ胸元をそっと撫でて、小さな声でもう一度お礼を言ったレイだった。
「確かに寒いな。馬車で行った方が良かったかな?」
同じく、マントの胸元を左手で軽く握ったルークが、小さくそう呟く。
「まあ、銀鱗の館は本部からも近いから大丈夫かと思ったけど、確かに寒いね」
笑ったロベリオの言葉に、ユージンも何度も頷いていたのだった。
「えっと、今日の銀鱗の館のお披露目会に行くのは僕達だけなの? それとも、他にもどなたか来られるのかな?」
本部を出て一の郭の通りをラプトルに乗ってゆっくりと進んでいると道沿いの大きな館の庭がよく見える。
春や夏と違って、どこの庭も花が少なく少し寂しい印象だ。
密かに残念に思いつつ時折見える冬の花を楽しみながら、ふと思いついたので隣のルークに小さな声で質問する。
確か、自分の瑠璃の館のお披露目会の時には、ルーク達と一緒にディレント公爵夫妻やゲルハルト公爵夫妻をはじめボナギル伯爵夫妻など多くの貴族の方々を同じ日に招待した覚えがある。
ロベリオとユージンの奥方は、どちらも妊娠がわかって以降は、外出を控えていると聞いているので、おそらく今日は来られないだろうけれど、他に来られる方はおられないのだろうか?
「ああ。今日の午前中は、俺達以外だとディレント公爵ご夫妻とゲルハルト公爵ご夫妻が来られると聞いているよ。それからヴィゴは奥方とお嬢様達を連れて、昨夜から屋敷に泊まっていたマイリーも一緒に、ヴィゴの屋敷から全員揃って直接銀鱗の館へ行くんだって聞いているよ。フェリシアとサスキアは、二人誘い合わせて一緒に行くと聞いているから、彼女達ももう屋敷に到着していると思うね」
笑ったロベリオの言葉に、レイはヴィゴやマイリーを朝から見ていなかったのでどうしたのかと思っていたが、それを聞いて納得した。
そこで、ふと重要な事に気がついて慌ててロベリオを振り返る。
「ねえ、フェリシア様とサスキア様ってお出かけになって大丈夫なんですか?」
心配そうなレイの質問に、ロベリオとユージンが揃って笑顔で頷く。
「ああ、心配してくれてありがとうな。そりゃあ、普段に比べたら色々と大変みたいだけどさ。別に病気ってわけじゃあないからね」
「最近は、かなり体調も戻ってきているらしいよ。本人達も、赤ちゃんに会いたいって笑っていたからね。まあもしも体調が悪くなるようなら無理はしないでと言ってあるから、大丈夫だと思うよ」
笑った二人の言葉に、安堵するレイだった。
「そうなんですね。僕も奥方様にお会い出来るのを楽しみにしています」
嬉しそうにそう言って前を向く。
ロベリオとユージンの奥方であるフェリシア様とサスキア様は、どちらもとても話題も豊富だし知識欲も旺盛な尊敬出来る大人の女性だ。
彼女達もレイの事を可愛がってくれて、夜会の際にご一緒した時には、レイの知らない様々な話をしてくれたり、美味しいお菓子をこっそりと教えてくれたりもしている。
二人揃っての妊娠が判明したがまだ正式な発表はしていない、だが妊娠が判明して以降は体調不良を理由に夜会には一切参加していないので、そろそろ噂好きな婦人達の間で、もしや妊娠ではと密かな話題になったりもしているらしい。
「まあ、今日の主役はカウリと奥方、それから赤ちゃんだからね。こっそり両公爵様に彼女達の妊娠の報告をするには、今回のお披露目会は良い機会だと思うよ」
「俺達の結婚の見届け人だからね。一応、ここはちゃんと報告はしておかないと」
苦笑いする二人の言葉を聞いて、笑顔で頷くルークとレイだった。
「ほら、あれが銀鱗の屋敷だよ」
その時、角を曲がったところでルークが前方に見える大きな屋敷を指差してそう教えてくれた。
この道は、普段通る道では無いので周囲の建物はほぼ見覚えがない。
ルークが示した屋敷は、銀鱗の館の名の通り、燻し銀に輝くまるで鱗のようなやや丸みを帯びた瓦屋根が特徴的なとても綺麗な建物だった。
そして、屋根だけでなく壁一面が屋根と同じような鱗状の燻し銀の陶器のタイルで覆い尽くされていて、本当に竜の鱗のような美しい輝きを放っていたのだった。
「うわあ、確かにあれは銀鱗の館ですね。凄い。本当に綺麗だ……」
思わずゼクスを止めたレイは、小さくそう呟いて前方に見えるその初めて見る屋敷に見惚れていたのだった。




