お茶会の始まり
「待っていたわよ〜」
「ようこそ〜〜」
その時、ジャスミンとニーカの笑った声が聞こえてレイとティミーは揃って振り返ると、そこにいたのは、見覚えのある竜司祭の正装に身を包んだジャスミンとニーカだった。
「もう待ちくたびれて、疲れて寝ちゃいそうだったわ」
笑ったニーカの言葉に。レイとティミーが揃って吹き出す。
「あはは、ごめんね。僕達は、午前中は事務所でお仕事してました〜〜」
昨日に引き続き、今日の午前中はルークの資料整理のお手伝いをしていたのだ。
「お仕事なら仕方がないわね」
「お仕事ご苦労様です」
大真面目にそう言ったジャスミンとニーカが、顔を見合わせてコロコロと笑いながらうんうんと頷き合っている。
しかし、レイとティミーは彼女達の衣装に目が釘付けになっていた。
「うわあ、この前見せてもらった時より、もっと素敵になったね!」
「本当ですね。これは素晴らしいです」
目を輝かせるレイとティミーの言葉に女性陣が揃って笑顔で拍手をした。
確かに、全体に装飾品が増えているし、衣装が更に煌びやかになったように見える。
「午前中、彼女達がここに来てくれてね。最初に持ってきた衣装や装飾品を見せてもらったの。どれも素晴らしい出来で本当に感動したわ。その後、せっかくだからと私達も背縫いの刺繍を贈らせてもらったのよ」
笑顔のサマンサ様の言葉に、女性陣が揃って得意そうに笑っている。
「えっと、背縫いの刺繍……ですか?」
初めて聞く言葉に、レイが不思議そうに首を傾げる。
「ほら、ここよ!」
笑顔のニーカが、レイ達の前に来てくるりと背中を見せて、羽織っていた短い肩掛けのようなものを外した。
「ああ、本当だ。ここのところに刺繍があるね!」
おそらく絹糸なのだろう、艶のあるごく細い糸で刺されたそれは、竜騎士隊の紋章である聖なる柊を抱いた竜。ごく小さな刺繍だが、それは見事な出来栄えだ。
「うわあ、これは綺麗ですね」
レイとティミーは、身を乗り出すようにしてニーカの背中にある刺繍を見た。
「背縫いの刺繍は、古い慣習でね。もとは戦いに赴く軍人の下着やシャツの背中に、お守りとして女性達がその人の名前を縫い込んだのが始まりとされているわ」
「名前、ですか?」
不思議そうなティミーの言葉に、真顔のサマンサ様が頷く。
「そう、名前よ。万一の際に、その人が誰なのかを確認する術の一つになりますからね」
その言葉の意味するところに思い至った瞬間、レイとティミーは言葉を失う。
それはつまり、誰なのかを判別出来ない程に酷い損傷を受けたご遺体であっても、鎧下のシャツに、つまり胴体に名前が刻まれていれば、人物の判別が可能になる。と言う意味だ。
「その後、時代を経て名前だけでなくさまざまな意匠が縫い込まれるようになったの。今では軍人だけでなく、一般の人でも正装のシャツに恋人や奥方が刺繍をする事があると聞くわね」
「ああ、その話は聞いた事があります。僕も、竜騎士隊の本部へ引越して来た時、母上が御守りだと言って僕のシャツにセージを模した猫の意匠の刺繍をしてくれました!」
目を輝かせるティミーの言葉に、レイは驚いてティミーを見た。
「へえ、そうなんだね。お母上に感謝しないと」
笑顔で頷くティミーが、羨ましかったのは内緒だ。
その後、席についてお茶とお菓子をいただいた。レイの席はいつものマティルダ様とサマンサ様の間だ。
皇族の女性陣には紅茶が、レイとティミー、そしてニーカとジャスミンはいつものカナエ草のお茶が用意されている。
お腹を締め付けないようなゆったりとしたドレスを身にまとったティア妃殿下は、ジャスミンとニーカの間に座って楽しそうに二人と話をしている。
「そっか、妃殿下とはご婚礼の準備中に神殿で一緒だったから、二人とも妃殿下とは仲良しなんだね」
二つ目のパイを食べながらの納得したようなレイの呟きに、三人が顔を上げてレイを見る。
「そうね。私は二人が本部に来てくれて嬉しいわ。これでいつでも遠慮なく一緒にお茶を飲みながらお話が出来るようになったものね」
ティア妃殿下が嬉しそうな笑顔でそう言って二人を見る。
「奥殿に来るのはすっごく緊張するけど、私もティア妃殿下と遠慮なくお話出来るのは、素直に嬉しいわ」
笑顔のニーカの言葉に、ジャスミンも笑顔で頷いている。
その後はお菓子とお茶を頂きながら、ニーカ達が普段どんな風にして過ごしているのかや、レイが休暇を貰って蒼の森に帰った時の事を話したりして過ごした。
おかわりのお茶が用意された頃、サマンサ様が一つため息を吐いてレイを見た。
「レイルズは、一昨日の葬儀での裏での話を聞きましたか?」
「はい、少しですがルークやティミーから教えてもらいました」
「ええ、ティミーの方が年下なのに?」
思わずと言った風にニーカがそう言って慌てて口を押さえている。
「僕よりティミーの方が、こういった裏事情にはすっごく詳しいよ。ティミーにはいろんな事を教えてもらっているんだ」
笑顔のレイの言葉に、ティミーが慌てている。
「まあまあ、それは素晴らしいわね。レイルズ、しっかり教えてもらうのですよ」
面白がるようなサマンサ様の言葉にマティルダ様とティア妃殿下が揃って小さく吹き出す。
「はい! 頼りにしてるね、ティミー!」
何故か嬉しそうなレイの言葉に、ニーカとジャスミンも堪えきれずに吹き出したのだった。




