最後の参列者
剣帯していた者達が、一斉に立ち上がり剣を抜いて戻す。皆装備しているのはミスリルの剣で、美しい火花を一斉に散らせた。
レイも同じように剣を軽く抜いて戻しミスリルの火花を散らせてから席に座ろうとした時、不意に後ろの方から密かなどよめきが起こった。
何事かと驚いて後ろを振り返った時、大きく開いた礼拝堂の扉から入ってくる人影を見つけ、思わず声を上げそうになった。
そこにいたのは、騎士服を身につけて車椅子を押すカナシア様と、その後ろに立つ喪服のマティルダ様だった。
当然、車椅子に座っているのは喪服を身につけたサマンサ様で、サマンサ様の目はすでに真っ赤になっている。
サマンサ様が公の場に姿を現すのは数年ぶりのことで、あちこちから安堵のため息とご高齢なサマンサ様を気遣う呟きが聞こえてきた。
参列者達の無言の大注目を集める中をゆっくりと進んで行った一同が、グラディア様の棺の前で止まる。
通常、皇族が血縁関係の無い貴族の葬儀に参列する事はない。
皇族の誰かの名前で花と蝋燭が届けられる程度で、アルス皇子が今回参列しているのは、あくまでも竜騎士隊の隊長としての参列だ。
だが、喪服を着たマティルダ様とカナシア様は、神官がトレーに載せて持ってきた真っ白な大輪の花をそれぞれに受け取ると、ゆっくりとその花を棺の中へ収めた。
しかし車椅子に乗るサマンサ様は、そのままでは棺に手が届かない。
見ていたレイが心配のあまり立ち上がりそうになった時、前列に座っていたアルス皇子が立ち上がって早足でサマンサ様のところへ駆け寄って行った。
「お祖母様、いかがなさいますか?」
心配そうにサマンサ様を覗き込みながら、ごく小さな声でそう尋ねる。
「手を貸してちょうだいアルス。私に、大切な友に別れを告げさせて」
その答えに笑顔で頷いたアルス皇子は、そっとサマンサ様の手を取り彼女の腰の辺りに手を添えるとゆっくりと引き上げた。側にいたカナシア様が、それを見て即座に反対側に回ってサマンサ様が立ち上がるのに手を貸す。
二人に手を取られて立ち上がったサマンサ様は、ゆっくりと、けれどもしっかりと自分の足で歩いて棺のすぐ横に立った。
そして、アルス皇子が神官から受け取った真っ白な大輪の花を受け取ると、ゆっくりと棺の中へ収めた。
「ディア、とても寂しいわ。また一人、大切な友人が私を置いて先に行ってしまったのね。とても寂しいわ……精霊王の御許で、私がいくまでどうかゆっくりと休んで待っていてね。でも、きっとたくさんの人達が貴女を向こうで迎えてくれるだろうから……貴女は、貴女は寂しくは無いわよね……」
ごく小さな呟きだったが、その優しい声は、しかし静まり返った堂内に驚くほど響いた。
俯いたサマンサ様の目から、堪えきれなかった涙があふれて頬をこぼれ落ち棺の縁を濡らした。
声もなく涙を流すその姿を見て、参列者達の間からも、あちこちから啜り泣く声が聞こえていた。
しばしの沈黙の後顔を上げたサマンサ様は、待っていたアルス皇子とカナシア様に手を貸してもらい、改めて車椅子に座った。
マティルダ様と顔を見合わせて無言で頷き合った後、カナシア様が車椅子を押してゆっくりと向きを変える。
そのまま退場なさるのだと思い参列者達がゆっくりと立ちあがろうとしたその時、驚いた事にサマンサ様は参列者達が座る席へ向かい、喪主であるザヴィル伯爵の前で止まった。
慌てた親族一堂が立ち上がったのを見てから、サマンサ様はゆっくりと口を開いた。
定型的な挨拶の後、まだ赤い目をしたままそれでもにっこりと笑ったサマンサ様は、なんとザヴィル伯爵の手を取ってそっともう片方の手で撫でたのだ。
「ディアが行っていた支援の継続を決めてくれたそうね。本当にありがとう。貴方の優しさと慈悲の心に心からの感謝を。きっとディアも喜んでくれているわ」
「畏れ多い、ザヴィル家当主として、当然の事をしたまでです」
若干詰まりつつも当たり前のように答えるその姿を見て、あちこちから若干微妙なため息と騒めきが聞こえたが、当人達は素知らぬ顔だ。
「本当にありがとう。貴方が貴族の当主としての務めを果たしてくれた事を心から嬉しく思うわ。本当に良かった」
にっこりと笑ったサマンサ様は、そう言ってゆっくりと頷くと握っていた手を離した。
ザヴィル伯爵を先頭に親族一同が深々と一礼する。
それを見たサマンサ様は、笑顔でもう一度頷くとそのままカナシア様に車椅子を引かれてゆっくりと下がり、そのまま退席していった。
アルス皇子は席に戻り、マティルダ様もザヴィル伯爵に笑顔で頷くと特に何も言わずにそのまま車椅子の後を追って退席して行った。
その姿が見えなくなるまで無言で見送った参列者達だったが、お姿が見えなくなり馬車が動く音が聞こえた後に一斉に口を開いたらしく堂内が大きくどよめき、あちこちで興奮したように話を始める人達がいた。
しばしのざわめきの後、神官が何事もなかったかのように進み出て棺に蓋をする。
ザヴィル伯爵を先頭に親族の中の男性達が数名進み出て、棺の周りに立つ。
ユージンもザヴィル伯爵と反対側の先頭に立って、合図と同時に棺の下に置かれていた台の持ち手をつかんでゆっくりと持ち上げた。
身内の男性達が十人がかりで持ち上げた棺は、立ち上がった参列者達に見送られながらゆっくりと開かれた扉を目指して進み、外で待っていた専用の馬車に乗せられた。
一斉に打ち鳴らされたミスリルの鐘と鈴の音が礼拝堂いっぱいに響き渡る。
この後は親族達が墓地まで行きグラディア様の棺を埋葬するのだが、親族以外でそこまで参列するのは故人と深い縁のあるかなり親しい人だけなので、基本的に参列者達はここで解散となる。
「これで葬儀は終了だ。一応、俺達はここまでだからな。じゃあ先に戻るよ」
ルークの言葉に頷きつつまだ座ったままの人達が多いのが何故かと思っていたら、まずディレント公爵など高位の貴族の方々が先に退席するらしく、アルス皇子を含めた竜騎士隊もそれに続いた。
立ち上がったレイは、一つ深呼吸をして空っぽになった祭壇に向かい深々と一礼して、それから顔を上げて背筋を伸ばすとルーク達の後を追ってその場を後にしたのだった。




