留守番部屋での一幕
「はあ、どうなったのかなあ」
しばらく大人しく本を読んでいたニーカだったが、小さなため息を吐いてそう呟きそっと本を閉じた。
女の子向けの素敵な王子様が出てくる物語だったが、気もそぞろでいつものように読書に没頭出来ない。
ジャスミンも同じだったようで、ニーカの呟きを聞いてそっと同じように本を閉じてため息を吐いた。
「確かに、ただ待っているだけというのも辛いものがありますね」
無言で陣取り盤の攻略本を読んでいたティミーも、小さくそう呟いて本を閉じた。
「無理だって分かっているけど、それでも自分に何か出来るんじゃあないかって……つい考えてしまうわ」
ジャスミンの呟きに、俯いたニーカも無言で頷く。
そんな二人を見て、ティミーも小さくため息を吐いた。
「シルフ。ちょっと母上を呼んでくれる?」
陣取り盤の駒を突っついて遊んでいたシルフに、笑顔でお願いする。
頷いたシルフ達がティミーの前に並んで座る。
『まあティミー』
『貴方から連絡をくれるなんて』
『とても嬉しいわ』
並んだシルフ達が笑顔でティミーの母上の声を届けてくれる。もちろん声はシルフ達のものだ。
「母上、お忙しいところを恐れ入ります。今、お話ししても大丈夫ですか?」
一瞬だけ先頭のシルフが体を少し後ろに下げて目を瞬いた。
『え……ええもちろん大丈夫よ』
すぐに何でもないように姿勢を正してから一瞬の間があって、笑顔でそう答えてくれる。
それを見て何か言いかけたティミーだったが、何も言わずに笑顔で頷きシルフ達を覗き込む。
「実は今、お城の竜騎士隊のお部屋にいるんですが、グラディア様の件で何かご存じありませんか?」
『亡くなられたのは知っているわよね?』
確認するようにそう言われて、ティミーがはいと返事をする。
『何が聞きたいの?』
意外に冷静なその言葉に、ジャスミンとニーカが身を乗り出すようにしてシルフ達を見つめている。
「この部屋には、ジャスミンとニーカもいます。実は、グラディア様が行っておられた支援を打ち切るという話がお身内から出ているそうなのですが、それについて何かご存じありませんか?」
その言葉を聞いて、先頭のシルフが大きなため息を吐く。
『私に聞いてきたと言う事は』
『もう貴方も知っているのでしょう?』
苦笑いする先頭のシルフに、ティミーも困ったように笑って頷く。
「まあ、それなりには。それで今、竜騎士の皆様は支援団体の方々との面会に行っておられて、僕達は部屋で留守番なんです。でも、その後の経過がこっちには全然入ってこなくて。どうなっているのかちょっと心配になって母上に連絡したんです」
ティミーの言葉に、また先頭のシルフが大きなため息を吐いた。
『今のところお身内の方々が』
『考え直すよう説得してくださっていると聞いているわ』
『説得が効くことを祈るわ』
『でも継続されたとしても』
『確実に事業縮小にはなるでしょうね』
『とりあえず当家としては』
『万一に備えて更なる追加の支援を』
『マーシア様とカナシア様に申し出たところよ』
『他にも追加の支援を申し出てくださっている方が』
『大勢おられるのだと聞いたわ』
『だから大丈夫よ』
『心配しないでね』
優しいその言葉に三人が揃ってが笑顔になる。
「ありがとうございます母上。それを聞いて安心しました」
皇族であるカナシア様は、ティミーの母上と同年代で女学校時代の同級生なのだ。二人は今でも仲が良く、奥殿での私的なお茶会に招かれたりもしている。
そして、カナシア様は公私に渡って様々な慈善事業の団体に支援を行ってくれている。
その後、いくつか日常の報告をしてから話を終えてくるりと回って消えていくシルフ達を見送った。
「よかった。何とかなりそうね」
嬉しそうなニーカの呟きに、ジャスミンとティミーは無言で目を見交わす。
「ニーカ。申し訳ないんだけど、まだ安心するのは早いわ」
言いにくそうなジャスミンの言葉に、驚いたニーカが振り返る。
「え? どうして?」
もう一度顔を見合わせた二人は、無言の譲り合いのあとティミーが口を開いた。
「母上は、説得が効くことを祈る。とおっしゃいました。これは裏を返せば、今現在、グラディア様の後継であるザヴィル伯爵をまだ説得出来ていないと言う事になります。つまり、昨夜のお通夜の席から今まで、親族一同が寄ってたかって説得しても、まだ説得出来ていないって事です」
絶句するニーカに、ティミーが頷く。
「恐らくですが、もう皆、最悪の事態である支援打ち切りを前提に動いておられるはずです。グラディア様は本当に手広く様々な支援を行っておられましたから、仮にこれら全て、今後も支援を継続出来たとしても、別々の方々にそれらを割り振るだけでも関係者は倒れるくらい大変だと思いますよ。せめて、支援の窓口だけでもまとめて残していただきたいと、心から願いますね」
「お、思っていた以上に大変な事なのね……」
そう言った裏事情には全く知識のなかったニーカは、ティミーの説明に絶句するしかないのだった。
『大丈夫だよニーカ』
その時、ニーカの目の前にクロサイトの使いのシルフが現れ、笑顔でそう言ってニーカの頬にそっとキスを贈った。
「クロサイトの使いの子ね。ええと、何がどう大丈夫なのか聞いてもいい?」
戸惑うようなジャスミンの問いに、クロサイトの使いのシルフはにっこりと笑った。
『だって皇王様が知らせを聞いて激怒したらしいからね』
『それからルビーが馬鹿息子のところへ使いのシルフを寄越したから』
『間違いなくこれで説得出来ると思うよ』
『まあ多少は支援が減るかもしれないけどね』
何でもない事のようにそう言って笑ったその説明に、ニーカとジャスミン、そしてティミーの三人は驚きのあまり言葉もなくクロサイトの使いのシルフを見つめていたのだった。




