面会
「さてと、それじゃあそろそろ時間だな。気は進まないが、愛想笑いを見に行ってくるか」
カナエ草のお茶を飲み干したマイリーの言葉に、皆も苦笑いしている。
「そう言えばルークがまだ戻ってきていないな。何かあったかな?」
立ち上がりかけたカウリの呟きに、マイリー達が無言で扉を見る。
まさにちょうどその時、扉を開けてルークが部屋に入って来た。
「うおお? 何だ何だ?」
部屋に入った途端に全員の注目を浴びる形になったルークが、驚いたようにそう言って立ち止まる。
「いや、ちょうど今お前の噂をしていたところだ。で、どうだった?」
マイリーの言葉に、大きなため息を吐いたルークはゆっくりとこっちへ歩いてきてレイの隣の席に座った。
「予想以上に大騒ぎになっているみたいですね。マーシア様も真っ青になっておられました。一応出来る限りの協力はすると伝えてきましたが、あの様子だと、冗談抜きで予算不足で支援を打ち切らざるを得ないところも出てきそうですよ」
もう一度大きなため息を吐いたルークの言葉に、皆も真顔になる。
「一応、レイルズとカウリだけでなく、ジャスミンとニーカとティミーも支援を申し出てくれた。なので予定していた以上にこっちで引き受けられるぞ」
「ええ? 本当に?」
驚いたルークが、ジャスミンとニーカ、それからティミーを見る。
「はい。私達の方から申し出ました。私だって一歩間違えれば孤児院へ入れられていたかもしれません。ニーカも似たような身の上です。だからそんな子達を助ける為の支援をしたいと思ったんです。あの時の私達のような子を一人でも救えるのならって」
ジャスミンの言葉に、ニーカとティミーも真顔で頷く。
「うああ、うちの未成年の子達は、本当になんて良い子達なんだよ。俺が未成年だった頃のことを考えたら、恥ずかしくて泣きそうだ」
笑ったルークは、そう言って目元を擦る振りをした。
「あはは、ルークったらロベリオとユージンと同じ事言ってる〜〜」
笑ったレイルズの言葉に、またあちこちから吹き出す音が聞こえ、しばらく笑い声が途切れる事はなかった。
「面会の準備が整ったとの事ですが、いかがいたしましょうか?」
ようやく笑いが収まった時、執事が進み出てそう言って一礼した。
「了解だ。じゃあ、とりあえず話だけでも聞いてくるか。一応後ですり合わせをするから、誰に幾ら支援を希望するのかだけは、メモでいいから控えておいてくれよな」
「了解です」
苦笑いした全員から返事が返る。
「ジャスミンとニーカとティミーは、このままここで待っていてくれ。全員、昼食までには戻る予定だが、もし変更があれば連絡を入れるからね」
「分かりました。じゃあ私達はここで大人しく本を読ませていただきます」
部屋の奥側には大きな本棚があり、彼女達でも読めそうな本が何冊も並んでいる。
「分かりました。じゃあ僕は待っている間に……陣取り盤の攻め方について、この本を読みながら勉強させていただきます」
マイリー達が出版した本を本棚から取ってきたティミーが笑顔でそう言い、即座に執事がティミーの座っていたソファーの前に置かれたテーブルの上に、陣取り盤を一式用意してくれた。
「うああ、今それを言うか! ティミー君。ちょっとよく話し合おうじゃあないか」
真顔のマイリーの抗議の声に、またあちこちから吹き出す音が聞こえたのだった。
「どうかお助けください! このままでは、施設の子達は本当に浮浪児に戻らなければならなくなります」
目を潤ませて頭を下げる支援団体の代表者の言葉に、レイは慰めの言葉をかけそうになってグッと口を閉じて手を握りしめた。
一つ深呼吸をしてから書いていたメモの横に、絶対に継続支援が必要。と書き記した。
あの後、ティミー達と別れて移動したレイは、ルークと一緒に用意された部屋へ向かった。マイリー達も、別れてそれぞれに別の部屋に入っていった。
レイが入った第六面会室と名付けられたその部屋は、お城の一角にある広い廊下を挟んで等間隔に用意された部屋のうちの一つで、手前から順番に番号が振られている。
この廊下の両側にあるのは、文字通り話をする為に用意されている部屋で、部屋には過度な装飾品などは一切なく、あるのは左右の壁面に取り付けられたやや大きめの燭台の明かりと、向かい合わせに置かれたやや大きめのソファーと小さなテーブルだけ。
部屋ごとに執事が待機していて、お茶の用意などをしてくれる。
聞いていた通りどの人も言う事はほぼ同じで、自らの団体の窮状を訴え、支援を打ち切らないで欲しいという懇願だった。
ルークから、話相手は自分がするから今回はおとなしく見学しているように言われたので、レイは最初の挨拶以外はずっと黙ったまま話を聞いて、ひたすらに聞いた内容をメモ書きしているだけだ。
話を終え、何度も頭を下げながら部屋を出ていく人を見送り、レイは大きなため息を吐いた。
「お疲れさん。ここまでの感想は?」
同じくため息を吐いたルークの言葉に、レイは手にしていたメモを見た。
どのメモにも書かれている内容はどれも同じで、ほぼ全てに絶対に継続支援が必要。と書かれている。
「正直、甘く見ていました。もっとこう……少しはマシになっているのかなって」
言い淀むレイの言葉に、ルークがもう一度大きなため息を吐く。
「俺が子供の頃に比べたら確実に良くなっているよ。少なくともオルダムの街では、浮浪児が行き倒れて死んでいるような事は無くなったからね」
絶句するレイを見て、真顔のルークが頷く。
「今の陛下は、こういった下々の者達の支援をしている人達への支援を手厚く行ってくださっている。税金の面でもそうだし、場合によっては国庫からの支援もある。今回、もしもあの馬鹿息子が本当に全部の支援を打ち切るような真似をすれば、間違いなく公の場で彼を咎めてくださるだろう。まあ、これは最後の手段だけどね」
またため息を吐いたルークの言葉に、どう言ったらいいのか分からない。
『どれだけ心配でも、これは其方一人で出来る事ではない。大丈夫だよ。皆を信じなさい』
優しいブルーの使いのシルフの言葉に、頷く事しか出来ないレイだった。




