資料の意味とは?
「ええと、これは祭事の際の衣装の説明で、こっちは道具の扱いについての説明。それでこれは移動の際の護衛の扱いについて……」
軽く目を通しながらでも、書かれた内容の多さと複雑さにため息が出る。
「これを全部読んで覚えるんですか? ちょっとニーカとジャスミンに同情します」
簡単に項目ごとに分けただけでもすでに机の上に乗り切らなくなってしまい、執事が予備の机を出してくれたほどだ。
分けた資料を整理していたレイが、ため息を吐きながら小さな声でそう呟く。
「そりゃあ、何しろ竜司祭は全く新しい身分だからなあ。何もかも一から全部決めないと駄目なんだから、その役割について書き出していったらこうなるって。言っておくけど、これでもかなり減ったんだぞ」
別の資料を整理していたルークが、苦笑いしながらそう言って顔をあげる。
「ええ? これで?」
思わず大きな声でそう言ってしまい、ルークとマイリーが揃って吹き出す。
「おう、これは城の事務方の中にある祐筆科と言って、公式な文書や書類を清書して管理してくれる部署があるんだけど、そこに依頼してまとめてもらったものだよ。これは公式な書類として残すものだからな」
「これを書いてもらうために俺達が用意した資料がどれくらいあったかは……察してくれ」
笑ったルークに続き、同じく資料の束を整理していたマイリーがため息とともにそう言ってレイを振り返る。
「お、お疲れ様です。これは僕なんかには絶対に出来ないお仕事だなあ」
もう一度ため息を吐いたレイが、しみじみとそう呟いて束ねた資料を重ねた。
「まあ、言っておくが俺達竜騎士についてだって、公式な資料はこれの倍以上は余裕であるぞ」
笑ったマイリーの言葉に、レイの手が止まる。
「ええ、そんなの僕見た事ありませんけど?」
驚いたようにそう言ってマイリーを振り返る。
「今まで色々習ってきただろう? 竜騎士という身分、それに与えられた特権や義務について。主となった自分の竜との関係について。精霊竜の扱いについて。社交界内での竜騎士の立場について。そして何よりも重要なのが軍内部での竜騎士の身分とその役割について。もちろん国境で紛争が起こった時に果たすべき役割についてもそうだな。な? ちょっと上げただけでもこれくらいある。それらについて全て文書化すればどれくらいの量になるかは……まあ、想像出来るだろう?」
「そうですね。そっか、それらを先輩から僕は詳しく噛み砕いた形で教えてもらえたけど、ニーカやジャスミンはそれを一から全部覚えて行かないといけないのか。うわあ、大変だ」
「まだ彼女達が二人とも未成年だったってのは、そう考えると良かったんだろうな。これが既に成人だったりするとどうなるかは……まあ、推して知るべし、だな」
苦笑いしたマイリーの言葉に、思いっきり頷いたレイだった。
「ふわあ、やっと終わった。資料整理だけでかなりの時間が経っちゃいましたね」
一通りの資料整理が終わったところで、予想以上の量に呆れたようにレイがそう言って伸びをする。
「おう、ご苦労さん。じゃあこれを四階へ運ぶ分と、一階の資料室に運ぶ分に分けるぞ」
「ええ、まだやるんですか?」
思わずそう叫ぶレイにルークとマイリーだけでなく、一緒に資料整理していたタドラとティミーまで揃って吹き出す。
「もう整理出来ているんだから、一階に運ぶ分を執事に渡すだけだよ」
マイリーの言葉に、控えていた執事達が資料用の木箱と運搬用の荷台を持って進み出る。
「こっちの列が全部そうだよ。よろしく頼む」
「かしこまりました。資料室の準備は出来ておりますので、順に整理して参ります」
一礼した大柄な執事が、マイリーが示した列の資料を手早く他の執事達に指示して木箱の中に入れていく。
「そっか。これも資料の中身を見て整理する事自体は僕らがやらないと駄目だけど、整理出来た資料を運んでもらったり、資料室に片付けるのはやってもらえるんだね。ご苦労様です。よろしくお願いしますね」
以前聞いた、執事の人達がやっていい事と駄目な事は全て細かく決められているのだという話を思い出して、納得したレイが小さく頷く。
「そうだな。でも資料室に運んで整理してもらえるだけでも有り難いって。じゃあこっちは四階へ運ぶ分だから俺達も手伝うぞ」
立ち上がったルークの言葉に、全員が立ち上がって整理の終わった資料をそれぞれ用意されていた木箱に詰めていったのだった。
一方、食事の終わったニーカとジャスミンは、執事達に伴われて本部の四階へ向かい、休憩室で並んで座ってカナエ草のお茶をいただいていた。
「まだ来られないね。お忙しいのかな?」
用意されていた花の形の小さなクッキーをつまみながら、ニーカが扉の方を気にするように横目で見ながらそう呟く。
「恐らくだけど、竜司祭についての資料を山のように持ってきてくださるのだと思うから、きっと今その整理をしているんだと思うわ」
同じくクッキーをつまんでいたジャスミンが、少し考えてそう教えてくれる。
「竜司祭についての資料って?」
不思議そうに首を傾げるニーカの質問に、これまた少し考えたジャスミンが部屋に置かれた本棚を振り返る。
そこには、彼女達の興味を惹きそうな物語を始め、様々な本が並んでいる。
「タドラ様から聞いたんだけど、私達の役割である竜司祭は、陛下がお作りくださった全く新しい役職でしょう?」
「そうね。竜騎士様の、軍人としての役割を抜いたものに近いって聞いたけど、そうじゃあないの?」
「私も最初はそう聞いたわ。だけど実際に何をどうするかっていうのを一から決めるのは、本当に大変だったみたいよ」
「まあ……そうでしょうね」
巫女としてさえ、年間を通じての神殿内部での祭事には様々な役割があった。
全て一から教えてくれる先輩巫女達や僧侶達が大勢いたから、何も知らないニーカであっても問題なく自分に与えられた役割を果たす事が出来たのだが、ここにはそんな頼れる先輩はいない。
「うわあ、そう考えたら確かにもの凄く大変ね。私、ちょっと気が遠くなってきたかも……」
わざとらしくため息を吐いて頭を抱えるニーカを見て、ジャスミンも苦笑いするしかない。
「頼りにしてるわ、ニーカ」
「頼りにしてるわ、ジャスミン」
奇しくも全く同じ言葉が同時に二人の口から出て、顔を見合わせた二人は揃って大きなため息を吐いてからもう一度顔を見合わせ、今度は揃って吹き出したのだった。




