朝の一幕と心配な事
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、相変わらずの寝癖だらけになった頭を押さえて笑いながら大きな欠伸をした。
「ふああ、おはよう。今日のお天気はどうなってるのかな？」
思いっきり伸びをしたレイがベッドから起き上がって立ち上がり、カーテンを閉めた窓に向かう。
「ううん、今日も良いお天気だね」
カーテンを開いてよく晴れた冬の空を見上げて、嬉しそうにそう言って窓も開く。
「寒い！ 何これ！」
いつもよりもかなり低い気温に驚き慌てて窓を閉める。
「おはようございます。おやおや、今朝はかなり冷え込んでいましたから、窓を開けるのはお勧めしませんよ」
白服を手にしたラスティの声が聞こえて、レイも笑って振り返る。
「おはようございます、ラスティ。うん、確かにかなり冷え込んでいたみたいだね。良いお天気なのにね」
窓越しにもう一度空を見上げたレイが残念そうにそう言って笑う。
「この時期は、逆によく晴れている時の方が冷え込む事が多いですね。早朝に竜の鱗山から吹き下ろす風も、特にこの時期は強くなっていますからね」
「確かにそうだね。ああ、早くしないと時間がないね。じゃあ顔を洗ってきます！」
レイはラスティが手にした白服を見てそう言い、急いで洗面所へ駆け込んで行った。
「レイルズ様お待ちください。その髪をお一人では解すのはちょっと難しいと思いますよ」
後頭部側まで、なかなかの芸術作品に仕上がったいつもの髪を見て小さく吹き出したラスティは、手にしていた白服をベッド横に置いてあったテーブルに置いてから同じく早足で洗面所へ駆け込んで行った。
「おおい、今朝の朝練はお休みか？」
「おはようございま〜す。レイルズ様、今朝の朝練はお休みですか〜？」
「おはようございます！ もうちょっとだけお待ちください！」
開いたままの扉から、笑ったロベリオとティミーの声が聞こえて、洗面所から駆け出してきたレイは慌ててそう答えて、着ていた寝巻きを大急ぎで脱いだ。
ロベリオ達と一緒に部屋に入ってきたタドラが、それを見て笑ってそっと扉を閉めてくれた。
「もしかして、また寝癖？」
急いで白服に着替えるレイを見て、ロベリオが目の前に飛んできたシルフにそう尋ねる。
『そうだよ〜〜』
『今朝の作品も』
『なかなかの芸術作品だって』
『褒めてもらったもんね〜〜』
『ね〜〜〜〜！』
呼びもしないのに集まってきたシルフ達が、得意そうにそう言って胸を張って笑っている。
「あはは、そりゃあ残念だったなあ。もう少し早く来ればシルフ達の芸術作品である寝癖鑑賞会に参加出来たのにな」
「本当ですね。せっかくだから僕も寝癖鑑賞会に参加したかったです」
「それなら僕も参加したかったなあ」
笑ったロベリオに続いて、ティミーとタドラも揃って笑いながらうんうんと頷く。
「もう、皆して僕の髪で遊ばないでください！」
白服を着ながらのレイの抗議の叫びに、三人が揃って吹き出し笑いが止まらない一同だった。
「お待たせしました！ 準備完了です！」
柔らかな鹿革の靴を履いたレイが、そう言ってロベリオの前で直立する。
「はい、ご苦労。じゃあ行こうか」
ロベリオの言葉にレイも笑顔で頷き、ティミーと手を叩き合ってから揃って朝練に向かった。
「あれ？ ユージンはいないけど朝練不参加なの？」
廊下を歩きながら、ユージンがいない事に気付いたレイが小さな声でそう尋ねる。
「ああ、ユージンなら昨夜から実家へ戻っているよ」
前を歩いていたロベリオの答えに、レイは驚いて彼を見る。
「ええ？ 急にご実家に帰るなんて、何かあったんですか？」
心配そうなレイの言葉に、振り返ったロベリオが足を止める。
「実は、ユージンの大伯母様のお加減が悪いらしくてね。親族が集まっているらしいよ」
さすがにユージンの大伯母様と言われても誰の事か分からなくて困っていると、ティミーがそんなレイの袖をそっと引っ張った。
「グラディア様です。ご存知ですよね？」
小さな声でそう言われて驚きに目を見開く。
グラディア夫人は、ルークの後援会の代表を務めるマーシア夫人とともに慈善事業に特に力を入れておられるお方だ。特に、親を亡くした貧しい子供達の為の孤児院をはじめ、そんな子供達が自立する為の技術訓練校にも多額の寄付をなさっている。
ご高齢な事もありもう社交会にはほとんど参加なさっておられなくて、レイが直接お会いしたのは成人して見習いとして紹介されてすぐの頃、夜会で一度だけお会いしてご挨拶をした程度だ。
でも、優しそうな笑顔がとても素敵な小柄なお方だった記憶がある。
「ええ、グラディア様が……それは心配ですね」
「去年の降誕祭前には、集金の為の合唱の倶楽部の公演に参加なさるくらいにはお元気だったらしいんだけどね。年末にお風邪を召してから急にお加減が悪くなられたらしいよ。昨夜の知らせを聞く限り、かなり心配みたいだね。まあ、これに関しては俺達には何も出来ないからなあ。後で神殿へ行って、グラディア様のご回復を祈って蝋燭を捧げてくるよ」
「そうですね。じゃあ僕もご一緒させてください」
真顔になったレイの言葉に、ロベリオ達も真顔で頷くのだった。
