ご馳走とは?
「はあ、もうお腹いっぱい」
食後に用意されたカナエ草のお茶を飲みながら、ニーカが満足そうにそう言って笑う。
「毎日こんなご馳走が食べられるなんて、幸せだわ」
小さなため息を吐くニーカの言葉に、隣で同じくカナエ草のお茶を飲んでいたジャスミンが驚いたようにニーカを見た。
「あれがご馳走? まあ、確かに神殿での食事に比べれば少しはマシかもしれないけど、あれはご馳走とは言わないと思うわよ?」
ジャスミンの言葉に、ニーカも驚いたように目を見開く。
「ええ、神殿の食事だって私に取っては十分過ぎるくらいにご馳走よ。精霊魔法訓練所なんて、私にしてみれば夢みたいな場所なんだから」
「夢って、大袈裟ね。じゃあここの食堂へ行けば、ニーカは大喜びね」
「レイルズから話を聞いた事があるけど、精霊魔法訓練所の食堂よりも、もっともっと豪華なお料理がたくさん並んでいるんですってね。いつか行けるかな?」
「もちろん。私も何度も行った事があるわ。ここでの生活が落ち着けば、もちろんニーカも行けるから楽しみにしているといいわ」
「そうなのね。じゃあ楽しみにしていようっと」
嬉しそうにそう言って笑ったニーカは、カナエ草のお茶をゆっくりと口に含んで飲み干してから小さなため息を吐いた。
「地方貴族出身で、今はボナギル伯爵様の一人娘であるジャスミンにしてみれば、確かに神殿での食事やさっきの食事はご馳走じゃあないのかもしれないけど、私にしてみれば本当にどの食事もすごいご馳走よ。実を言うとね、私がこの国へ来て初めて用意された食事を見た時の感想が、ああこれから処刑されるのね。だから最後にこんな豪華なご馳走を出してくれたのか。だったんだからね」
「ええ、何それ?」
ジャスミンは、タドラや竜騎士達からニーカがタガルノでクロサイトと出会い、クロサイトに乗ってこの国を攻撃しにきて捕まり、竜共々死んだ事にされてこの国へ来たのだと聞いている。
なので、実際にどのようにして捕まりオルダムへ来たのかを知らないのだ。
「あのね、私、元々はタガルノの農場で働いていて、冬場は絨毯を織ったり糸を紡いだりしていたの。本当に貧しくて日々の食事にも事欠くような生活だった。いつも誰かに殴られてあざだらけだったし、いつもお腹を空かせていたわ」
ごく小さな声で語られる、始めて聞くタガルノでの生活にジャスミンは驚きに声もない。
「人が足りないからってある日突然、男達に別の場所に連れていかれて……そこで私はスマイリーに出会った。でも、それを知った軍から偉い人が来て、猊下……ええと、王様の事をタガルノではそう呼ぶんだけど、猊下の勅命だ。竜と共にファンの砦を落として来い! って言われて、ろくな装備も無しに無理矢理軍服を着せられてそのまま戦場へ送られたの」
「ええ、何それ。もしかして何の訓練も無しに?」
同じく声をひそめたジャスミンの言葉に、ニーカが黙って頷く。
「精霊魔法の存在自体知らなかったから、当然シルフ達が見えても見ないふりをしていた。変なものが見えるのは気のせいだと思っていたもの。でも今なら分かるわ。あの時のシルフ達の数はあまりにも少なかったって」
ジャスミンを見て笑ったニーカは、手にしていたカナエ草のお茶のカップをそっと撫でた。
「砦を落とせって言われてもどうしたらいいのか全く分からなくて、私はスマイリーに命じて竜の脚で砦の城壁を崩そうとしたわ。無茶苦茶よね。当然すぐに駆けつけてきたヴィゴ様と相対して、私はスマイリーの背の上から何も出来ずに一方的に地面に叩き落とされたの。左足の太ももを骨折して、右手にはかまいたちを受けた裂傷、肋も折れたし内臓の内出血も酷かったって聞いたわ。要するに、自力では動けないくらいの重症だったわけ」
驚きすぎて言葉もないジャスミンを見て、ニーカは苦笑いしている。
「それで当然捕まってね。そのあとは砦の中にある病院みたいなところにいたんだけど、その時に初めて出された食事が、すごいご馳走だったの。まず、これくらいの大きさの雑穀パン。外は硬かったけど中はふわふわだったわ」
目を細めてそう言って、両手で直径15セルテくらいの丸を作って見せる。
「その隣にあったのが、細長く切ったベーコンと、どれも細かく刻んだじゃがいもや玉ねぎ、それから名前も知らないいろんな野菜が入った色とりどりのとても綺麗なスープ。スープの具はしっかり煮込まれていてとても柔らかかったわ。それから分厚いチーズが二切れとりんごが一切れ。どれ一つとっても、生まれて初めて食べるくらいに美味しかったわ」
言葉もなく自分を見つめるジャスミンに、ニーカは嬉しそうに笑った。
「でも、それを食べた後に処刑される事は無く、誰かに殴られる事も、拷問される事も無かった。治療を嫌がって逃げようとする私に、皆、とても親切に接してくれたわ。砦の病院でも、オルダムの白の塔でもね。おかげで、後遺症もなくこうして元気にしているんだからね」
なんでもない事のようにそう言って笑うニーカの手をジャスミンは思わず握りしめた。
「貴方がそんな苦労をしているなんて全然知らなかった。ごめんなさい。ニーカが生きていてくれて嬉しいわ。そしてこの国へ来てくれて嬉しい。もっともっと、これから沢山のご馳走を一緒に食べましょうね。ずっと一緒よ」
「うん、ありがとう。頼りにしているからよろしくね」
嬉しそうに笑ったニーカの言葉に、ジャスミンはたまらなくなってあふれそうになる涙を堪えて両手で彼女を抱きしめたのだった。
そんな彼女達の周りでは、呼びもしないのに集まってきたシルフ達が先を争うようにして彼女達にキスを贈っていたのだった。




