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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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麦の刈り取り作業と平和な日常

「改めて見ると、収穫前の麦畑って本当に綺麗だよね」

 家畜や騎竜達の世話を終えて、上の草原に放した後、何故か竜舎に残していたトケラを連れて、畑に出て来ているのだ。

「お待たせ。こっちも準備完了だ」

 大きな包みとお茶の入った水筒を入れた籠を持ったニコスが、家から出て来た。

「おお、ご苦労さん。さてと、それじゃあ始めるとするか」

 ギードがそう言って、大きく腕を回しながらニコスと一緒に農作業の道具をまとめた道具小屋に向かう。レイとタキスもトケラを連れてその後に続いた。

 小屋の扉を開けたニコスが、持って来た包みを机に置いてウィンディーネに頼んでいる間に、ギードは小屋の一番奥の壁に立て掛けてあった不思議な道具を引っ張り出して来た。

 一見すると、畑の畝起こしの時に使った大きな梳き櫛のようだが、よく見ると、大人の腕ほどもある巨大な櫛の歯の間の根元部分に光る刃が見えた。櫛の間の幅は、掌よりもまだ大きい程だ。

 タキスとレイも手伝ってその不思議な道具を外に運んだ。すると、待っていましたとばかりに、トケラが寄って来たのだ。

「よしよし、トケラよ。今年もしっかり頼むぞ」

 ギードの声に、トケラは嬉しそうに喉を鳴らした。それはまるで、任せておけと言っているようにも見えた。


 トケラの頭に、その大きな櫛を乗せると、皆揃って麦畑の横まで行った。

「ねえ、僕らが使う鎌は?」

 せっかく道具小屋まで行ったのに、持って来たのはその不思議な道具と、ギードが手にしている箱だけで、肝心の麦を刈り取る為の鎌を持って来ていない。

「大丈夫じゃぞ。こいつが全部やってくれるから、我らの役目は刈り取った麦を集めて束ねる事だぞ」

 ギードがそう言って持って来た不思議な道具を下ろすと、箱から取り出した革のベルトを道具に装着して、トケラの角にその櫛を挟むようにして取り付けた。

 頭を低くしたトケラの角に取り付けられたそれは、長い櫛の部分が大きく前方に突き出ていて、地面に近い位置に固定されている。

「それじゃあ始めるとするか。後ろはよろしく頼むぞ」

 トケラの背中を叩いてそう言うと、掛け声と共にギードはトケラの背中に飛び乗った。首の後ろに跨るようにして座り、目の前に大きく張り出したトケラのフリルを掴んだギードは、軽くその首を叩いた。

 それを合図に、トケラが麦畑に頭を低くしてゆっくりと入って行った。

「え! すごいや。麦が刈り取られていく!」

 後ろで見ていたレイは思わず叫んでいた。

 あの、突き出た大きな櫛が麦の根元に差し込まれ、そのままトケラが前に進むと、櫛に挟まれた麦がどんどん根元で刈り取られて、左右に分かれて倒れて積み上がっていくのだ。

 後ろに並んでいたタキスとニコスが、当然のようにその麦を集めて根元を麦藁で縛って並べていく。

「どうです? 名付けてトケラ専用麦刈り機。ギードの力作ですよ。あれが出来たおかげで、麦刈りが格段に楽になりましたからね」

 振り返ったタキスにそう言われて、レイは大きく頷いて自分も麦を集めて束ねるのを手伝った。

「すごいや。トケラ、ありがとうね」

 後ろから声を掛けると、嬉しそうに歩きながら大きく喉を鳴らしてくれた。


 驚いた事に、午前中には麦畑の半分近い量の刈り取りが終わってしまった。

「何日もかかると思ってたけど、この調子なら今日中に全部刈り取れるんじゃない?」

 大きく腰を伸ばしながら、そう言ったレイに、ギードは笑って頷いた。

「人力でこの麦を全部刈り取ろうとしたら、早くとも数日は掛かるだろう。道具で楽が出来るなら、幾らでも工夫するさ。あの刈り取り機も、初めのうちは思ったように動かなくて随分と苦労したんじゃよ。でも、ニコスもタキスも当のトケラも、呆れてはおったが怒る事もせずに気長に付き合ってくれたからな。それどころか、途中からは、ここが悪いからこうすれば良いなんて意見まで好き勝手に言いおってからに」

 座ってお弁当の包みを開きながら語るギードの話に、レイは嬉しくなって二人を振り返った。

「まあ、初めのうちは何を馬鹿な事を考えるんだと呆れましたけどね、冷静に考えたら、我々だってそれが上手くいけば楽が出来るようになるんですから、そりゃあ協力だってしますよ」

 タキスが笑ってそう言い、水筒を取り出したニコスも笑って頷いていた。

「初めのうちは酷かったよな。形も今とは全然違ってたし、トケラに取り付ける時点で既に駄目だったのもあったよな」

 カナエ草のお茶の入った水筒をレイに渡しながら、昔を思い出してニコスは小さく吹き出した。

「失敗から学ぶ事が出来れば、それは失敗とは言わんわい」

 小さく舌を出したギードの言葉に、レイは嬉しくなった。

「それって、お城でラスティが教えてくれた言葉と一緒だ!」

 ギードが驚いてレイの顔を見た。

「ラスティって、レイのお世話をしてくれてた兵隊だよな」

「そうだよ。えっと、僕、ちょっとお城で失敗しちゃった事があってね、マイリーが思ってたみたいに出来なかったの。それで……ちょっとマイリーにきつく言われちゃって……」

 ニコスも驚いてタキスを見た。

「ああ、別にそれはレイが悪い訳でもマイリー様がレイを叱った訳でもありません。ただ、ちょっとマイリー様の言い方がきつかったようで、人からそんな風に言われたことのなかったレイが萎縮してしまったんです」

 なんとも言えない顔をした二人に、タキスは笑って首を振った。

「私も、その後すぐにレイのところへ行けなかったので心配していたんですが、その時のレイを慰めてくださったのがラスティ殿だったんです」

「なんと言われたんだ?」

 お茶を一口飲んだレイが、照れたように笑った。

「えっとね、人は失敗するし、誰かの期待通りに全部できる人なんていないって言われたの。もしそんな人がいたら、それは人じゃないって……」

 納得するように頷く三人に、レイは続きを話した。

「それで、後悔の仕方を間違うなって言われた。こんな事してしまった。あの時こうしていたら。そんな風に考えるんじゃなくて、これからどうすれば良いかを考えてくださいって」

「さすがに良い事を仰るな。まさにその通りだ」

「それでね、その時に言ってたの。お父さんから贈られた言葉なんだって。えっと、人は失敗する生き物だ。だけどそこから学ぶ事が出来れば失敗も無意味では無い。完璧な人なんていない。ただ、常に前を見て完璧であろうとするその心だけが讃えられるんだって」

 感心する三人に、レイはもう一度照れたように笑った。

「えっと、それからこうも言われたよ。時が解決してくれる事もあるって。今はまだ出来ない。まだするべき時では無い。そんな事も沢山あるからって。そう言われたら、なんだか元気が出てきたの」

「どうやら、レイは周りの人には恵まれておるようじゃな」

「そうですね。安心しました。そのような方がレイの側にいてくださるのなら、我らが心配する事など無さそうだ」

 話しながら手渡されたパンに、レイは噛り付いた。

「美味しいね」

 分厚く切った薫製肉と卵の挟んだそれは、涙が出るほど美味しかった。


「そう言えば、今日はブルーが来ないね」

 用意されたパンをしっかり食べてお腹いっぱいになったレイは、カナエ草のお薬を飲んでからよく晴れた空を見上げた。

「そう言えばそうですね。蒼竜様もお疲れなのでは?」

 タキスの言葉に、レイは小さく頷いた。

「お城でブルーも疲れたのかな? じゃあきっと今頃、泉の底でぐっすり眠ってるのかもね」

 切ってもらった青い瓜(メロン)を齧りながら、タキスと顔を見合わせて笑い合った。

 蒼の森の彼らの元には、のんびりとした平和な時間が流れていた。





「ほう、それからどうしたのだ?」

 目を輝かせて蒼の森でのことを聞きたがる人達を前に、ヴィゴとルークは一生懸命説明しながら、内心苦笑いしていた。

 今、彼らがいるのは、城の奥にある皇王や王妃たちが暮らす西の奥殿と呼ばれる場所だ。

 もちろん、ここに入る事が出来る者はごく限られているし、基本的に、警備の者以外は剣を持つ事を許されない。

 しかし、竜騎士であるヴィゴとルークの腰にはミスリルの剣がある。

 竜騎士には多くの特権があるが、その中の一つが、佩刀したまま皇王に謁見出来る。というものだ。これは竜騎士がこの国を守る竜の伴侶として、特別な存在だとされている為で、特にミスリルの剣は、精霊竜と共棲している精霊達が好きな為、竜騎士にとっては無くてはならない存在だと言われている為だ。


「そうか。タキスは蒼の森にエイベル様の墓を作ったのか」

「確かにそれは、蒼の森へ我々が行く大義名分になりますね」

 父である皇王の言葉に、アルス皇子も嬉しそうに頷いた。

「エイベル様の墓石か、これは責任重大だな。すぐにでもドワーフ達に指示を出そう。張り切って作ってくれるだろう」

 顔を上げて嬉しそうに話す皇王に、ヴィゴは一応釘を刺しておく。

「陛下、タキス殿は大層なものは要らぬとの事でした。ささやかで良いと」

「まあ、あの御仁ならばそう言うだろうな。ならば、小さくていいから良き物を作るように指示しよう。それなら良かろう?」

「ご配慮感謝致します」

 ヴィゴの言葉に、皇王は笑った。

「森から出てきてくれれば、王都ではどんな贅沢も思いの儘だろうに、中々に頑固なお方だな」

「ドワーフと良い勝負ですね」

 王妃の言葉に、皆笑った。

「折角、良い関係を築く事が出来たのだから、何としてもこれを続けていかなくてはな」

 アルス皇子の言葉に、皆頷いた。


 その後は、畑仕事を手伝う名目で二人が邪魔した事や、石の家の中がどんな風になっていたかを、時折身振り手振りを交えながら話して聞かせた。


 密かな緊張状態が続くタガルノとは違い、ファンラーゼンを守護する者達は束の間の平和を満喫していた。


 それは、やがて襲いかかる大いなる厄災の前の、束の間の静けさだった。

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