久しぶりの夜会
「ううん、夜会に出るのも慣れたと思っていたけど、久し振りだとやっぱり緊張するね」
「僕らは交代で本読みの会の間も途中で戻って幾つかの夜会に出たりしていたけど、レイルズはずっと離宮にいたから、確かに夜会に参加するのは久し振りだね。ほら、背中が曲がっているよ。しっかり背筋を伸ばしなさい」
広い会場にいる着飾った大勢の人々を見て困ったようにそう呟いたレイに、隣にいたタドラが苦笑いしながらそう言ってレイの背中を軽く叩いた。
「は、はい!」
慌てたように直立するレイを見て、そのすぐ後ろにいたロベリオとユージンは揃ってそんなレイを見て笑顔で頷き合っていた。
ニーカが竜騎士隊の本部に引っ越してきた日の夜、午後から事務所で事務仕事や片付けのお手伝いをしていたレイは、早めの夕食を食べた後に若竜三人組と一緒にお城で開かれている夜会に出席していた。
ヴァイデン侯爵が立ち上げて今も代表を務めている、音楽とワインを楽しむ会、と名付けられたその倶楽部主催の今夜の夜会は、文字通り様々なワインが用意され、広間の正面には大きな舞台が設置されている。
今は、やや年配の男性三人が見事なヴィオラの音色を会場に響かせている。
「先日は、せっかくお屋敷での昼食会をお誘いいただいていたのに、参加出来なくて申し訳ありませんでした」
まずは夜会の主催者であるヴァイデン侯爵夫妻に笑顔で挨拶したレイは、マーク達と共に離宮に行った為に参加出来なくなった昼食会について謝った。
「ああ、お気になさらず。それで、合成魔法に関する研究の方は進んでおりますかな?」
笑ったヴァイデン侯爵の言葉に、レイは笑顔で詳しい説明をしようとして直前で我慢した。
今のはあくまでも話題作りのための言葉で、そもそも精霊魔法が出来ない侯爵閣下に詳しい説明をしても間違いなくかけらも理解出来ないだろう。
詳しく説明したいのをグッと堪えて、レイは笑顔で頷いた。
「はい、マーク軍曹とキム軍曹は本当に凄いです。今回も、ブルーが手伝ってくれて、彼らはまた新しい合成魔法の実験をしたんです。実験そのものは上手くいかなかったんですが、興味ある事例が複数発見されたので、これについて今後また研究していくことになりそうです。合成魔法は、本当にまだまだこれからの未知の分野なのだなあって、研究すればするほどに、その度にその深さと複雑さを思い知りますね」
「おお、それは素晴らしいですね。失敗を失敗のままにせず、新たな研究の課題としてまとめる。成る程、有能だとの噂は本当のようですね。是非とも一度お目にかかりたいものです」
にっこりと笑ったヴァイデン侯爵のその言葉に、レイが何か答えるよりも早くニコスのシルフ達が目の前に現れて小さなばつ印をする。
『今のは社交辞令だからね』
『精霊魔法が出来ないお方には』
『彼らを紹介する意味は無いよ』
口々に慌てたようにそう言われて、うっかり良いですよと答えずに済んだレイだった。
「彼らを評価いただきありがとうございます。でも、彼らは貴族ではなく農家と街の出身であるただの平民ですからね。侯爵閣下御本人と会うなんて事になったら、きっと緊張のあまり過呼吸を起こして倒れてしまいますよ」
「おやおや、それは大変だ。では残念ですが引き下がるとしましょう。ですが、もしも何か私にお手伝い出来る事があれば、その時にはどうぞ遠慮なく頼ってください。必ず力になるとお約束しましょうぞ」
「ありがとうございます。その時にはよろしくお願いしますね」
さすがにこれは社交辞令だと分かったレイは、笑顔でそう言って一礼した。
それからいつもお世話になっているミレー夫人にも挨拶をしてから、タドラ達と一緒に会場を見渡した。
早速集まってくる人達と笑顔で挨拶を交わす。
一通りの挨拶が終わったところで、レイは壁面に設けられているお菓子が並んだテーブルにさりげなく近寄り、用意されている見事なお菓子の数々を楽しんだのだった。
レイがお菓子を食べ始めたのを見て婦人会の女性陣が満面の笑みで集まってきて、レイの周りを取り囲む。
そのあとは、ご婦人方と笑顔でこのお菓子が美味しかった。いやこっちの方が好みですと、にこやかにお菓子談義を楽しんだのだった。
女性陣は、カウリのところに生まれた赤ちゃんについて聞きたがったが、残念ながらレイも生まれたという事以外は全く知らなかったので素直にそう言い、ご婦人方を残念がらせていたのだった。
「では、レイルズ様には竪琴の演奏をお願いいたしますわ」
「そうですわね。久し振りにレイルズ様の竪琴が聞きとうございますわ」
「私は、新年最初の夜会でレイルズ様がアンコールで演奏なさったあの子守唄がまた聞きたいですわ」
「ああ、あの曲は確かに素晴らしかったですわね。それならば私は、竜と揺り籠が聞きとうございますわ」
「それならば私は、この花を君へを希望しますわ」
並んだご婦人方から目を輝かせながら次々に曲を頼まれ、レイは困ったように笑うしかない。
「ええ、ご希望の曲を全部演奏したら、夜会が終わる時間になってもまだ間違いなく演奏が終わらないと思いますけど」
笑うレイの言葉に女性陣は顔を見合わせて頷き合い、執事に命じて小さなメモの束と万年筆を持って来させた。
そしてすぐに用意された小さなテーブルの上で、女性達が笑いながら順番に紙に何かを書いていく。
「ああ、くじで決めるんですね。分かりました。ご希望の曲を演奏させていただきます」
またすぐに用意された木箱の中へ、折り畳んだ幾つもの紙が入れられるのを笑顔で見つめる。
「一応確認しましたところ、三曲までは演奏しても構わないと事ですので、三曲選んでいただけますか?」
「分かりました。三曲ですね」
笑顔のミレー夫人に木箱を差し出されてしまい、笑って頷いたレイが小箱から三つの紙を選んで取る。
しかし、同じ曲を頼んだ方が複数いたようで、選んだその三つの紙に書かれていたのは全て古の子守唄と題された、先日レイが初めて披露したあの子守唄だった。
苦笑いしてミレー夫人と頷き合ったレイは改めて引き直す事にしたのだが、その後も古の子守唄が何度も出てしまい、結局全部で五回も引き直すをする事になったのだった。
『おやおや、あの子守唄は大人気のようだな』
お菓子のお皿の縁に座ったブルーの使いのシルフの呟きに、並んで座っていたニコスのシルフ達も揃って笑っている。
『あの子守唄は泣いている子に効果抜群なんだって』
『子育て中の方は大勢いるからね』
『楽譜と歌詞が欲しいとおっしゃる方が続出したらしいよ』
『そうか、それは嬉しい事だな』
笑ったニコスのシルフ達の言葉に、ブルーの使いのシルフは嬉しそうに笑っていたのだった。




