ニーカのこれからに乾杯!
「ではニーカ。改めまして、ようこそ竜騎士隊本部へ。我々竜騎士隊一同は貴女を心から歓迎しますよ」
まずは乾杯だと言われて、渡されたグラスに真っ赤なキリルのジュースを入れてもらったニーカは、笑顔のアルス皇子の言葉に緊張のあまり頬を真っ赤にさせつつも笑顔で頷いた。
赤ワインの入ったグラスを掲げアルス皇子は、隣に座るニーカを見て真顔で頷く。
「きっと、ここでのこれからの生活は、貴女にとって初めて見る事だらけになると思います。知らない事しかないと言っていいかもしれません。これから先、貴女に課せられ、そして求められる日々の務めは、今までとは全く違う事ばかりになります。文字通り、世界が違います。戸惑う事も多いでしょう。もしかしたら、もう嫌だと全部投げ出したくなる事だってあるかもしれません。竜の主に課せられる責任と義務は、それだけ大きく重いのです」
「は、はい」
改めてアルス皇子の口から語られる自分が置かれた立場を考えて、ニーカも真顔になる。
「ですが貴女には、貴女の伴侶の竜であるクロサイトがいますよ。辛い時にはきっと彼が支えてくれるでしょう。伴侶の竜とともに一から学び、そしてここで一歩ずつゆっくりと成長していってください。我ら一同、協力は惜しみませんから、どうか安心してください」
「は、はい。未熟者ゆえご迷惑をおかけすると思います。でも、精一杯頑張りますので……どうか、どうかよろしくお願いします!」
緊張しつつも顔を上げてアルス皇子を見上げたニーカは、真剣な様子でそう言ってグラスを持ったまま頭を下げた。
傾いたグラスの縁に呼びもしないのにウィンディーネが現れて、苦笑いしながらこぼれそうになったキリルのジュースをそっと押さえてくれた。
それを見て、皆笑顔になる。
「ほら、グラスが傾いていますよ」
笑ったアルス皇子にそう言われて、慌ててグラスを持ち直したニーカだった。
「ニーカのこれからに乾杯!」
「ニーカのこれからに乾杯!」
アルス皇子の言葉に、ジャスミンを含めた全員が唱和する。もちろんレイも、赤ワインの入ったグラスを高々と掲げて一緒に笑顔で乾杯したのだった。
「うわあ、すっごく綺麗ですね。それにとっても美味しそう」
乾杯のあと、目の前に置かれた豪華なパンケーキを見てニーカが嬉しそうな声を上げる。
やや小さめのパンケーキが全部で三枚、やや横長のお皿の上に少しずらして並べられていて、パンケーキの上には細かく刻んだ色とりどりの果物が山盛りのクリームと一緒に盛り付けられている。
クリームの一番上側に添えられたミントの緑色がとても綺麗だ。
「ええと、これでいただくんだよね」
横に置かれていたやや小さめのナイフとフォークを見て、ニーカが隣に座ったジャスミンにごく小さな声でそう尋ねる。だが、その声はここにいる全員の耳に届いている。
「そうよ。ほら、やってみて」
笑ったジャスミンの言葉に小さく頷いたニーカは、それはそれは真剣な様子でナイフとフォークを手に取ると、一つ深呼吸をしてからパンケーキの端の部分を少しだけ切り取った。
「ええと、こうやってここにクリームを付けて……ああ、果物が落っこちちゃった」
切ったパンケーキに盛り付けられたクリームと果物を少しだけ取り、フォークで取ろうとしたが上にのせた果物が転がり落ちてしまう。
「まあいいや。順に食べれば良いよね」
小さくそう呟いたニーカは、まずはパンケーキを口に入れていただき、改めてフォークを使ってクリームと果物をすくって口に入れた。
「甘くて美味しいです」
一気に笑顔になるニーカの様子を見て、皆も笑顔で食べ始める。
今回のお茶会はもちろんニーカの歓迎会なのだが、ニーカにここでの生活をまずは知ってもらう意味もあって少し改まった場になっている。
ちなみにアルス皇子をはじめとする大人組の前に置かれたパンケーキは、クリームはごく少量で果物が多めになっている。逆にレイやタドラやルーク達、甘いものが好きな人達の前に置かれているのは、ニーカと同じクリームがたっぷり盛り付けられたパンケーキになっている。そして全員にカナエ草のお茶が用意されている。
もちろん円形のテーブルなので、まだまだニーカには難しいであろう礼儀作法は最低限で済む。
だが、今の彼女の様子を見る限り、少なくとも多少は勉強の成果が出ているようで全くの無知というわけでもなさそうだ。
大人組はそんな彼女を見て、密かに安堵していたのだった。
「こういう時は、こっち側から取るといいのよ。ほらこんな風にね」
どうしてもパンケーキと一緒に食べようとする果物が転がってしまい困っているニーカを見て、小さく笑ったジャスミンが取り分け方の見本を見せてくれる。
「ええと、こうやってここに取ってのせるのね。ああ、上手く出来たわ。うん、美味しい」
今度は上手く食べられて、嬉しそうにそう言って目を細める。
まるで機嫌の良い竜みたいなその様子に、ちょっと心配しながらニーカの様子を見ていたレイも笑顔になり、自分の分のパンケーキを器用に切って口に入れた。
「しばらくは、普段の食事はジャスミンと一緒に部屋で食べるように用意してもらっているからね。彼女の食べ方を見て、まずは基礎的な事を覚えるところから始めるといい。ここでの生活に慣れて少し落ち着いてきたら、順に公式の場でのマナーや食べ方についても専任の教師をつけて実践形式で覚えてもらうからね」
「うう、全然自信はないですけど、何とか頑張ります」
まるでレイのように眉を寄せてそう答えるニーカを見て、アルス皇子は横を向いて小さく吹き出したのだった。
アルス皇子と普段のレイとのように自然に会話が出来ている事に、その時のニーカは全く気づいていなかったのだった。
『ニーカも色んな事をたくさん頑張っているんだもんね』
『だからもっと自信を持って良いんだよ』
『大丈夫』
『僕がついているよ』
『だからここでこれから先』
『ずっと一緒に学んでいこうね』
嬉しそうに笑ってごく小さな声でそう呟いたクロサイトの使いのシルフは、ニーカの右肩に座ってその柔らかな頬に想いを込めたキスを贈ったのだった。
「ん? どうしたの?」
ようやくパンケーキを半分ほど食べ終えて一息ついたところだったニーカは、頬にキスをくれたクロサイトの使いのシルフに気が付いて笑顔になる。
『何でもない』
『ニーカが来てくれて嬉しいなって思っただけ』
『ようこそニーカ! ずっと一緒だからね』
笑ったクロサイトの言葉はこの場にいる全員の耳に届いていて、笑顔で頷きクロサイトの使いのシルフと楽しそうに話を始めたニーカの様子を、皆それぞれ笑顔で見つめていたのだった。




