竜騎士達とニーカ
「さっき着替えたのは、兵舎って呼ばれる皆が生活をする建物で、こっちが働く為の建物よ。竜騎士隊の本部で、そのまま本部って呼ばれる建物なの。私達の勤め先は、ここの四階になるわ」
竜騎士隊の本部の建物の前に来たところで、ジャスミンが得意そうにそう教えてくれる。
「ああ、レイ達がよく本部って言っているのはこっちの建物の事なのね。へえ、いつも祭壇のお掃除に来ていた時や、スマイリーに会いに来た時は渡り廊下の方から入っていたから、こっちから入るのは初めてだわ。改めて見るとすっごく立派で大きな建物なのね」
感心したようにそう言って本部の建物を見上げる。
「ほら、こっちよ。今から行くのは、竜騎士隊の皆さんが普段おられる二階にある別の部屋よ。そこでお茶会をするんですって」
「へえ、何度か入れてもらった事がある、二階の、ええと……ああ、休憩室じゃあないのね」
何度かニーカが本部へ来ているが、確かにほとんどが二階にある休憩室を使っているのを思い出して、ジャスミンが納得したように頷く。
「これから行くのは応接室の一つだって聞いているわ。これからはここが貴女の勤め先になるのよ。改めてよろしくね。この本部には、いろんなお部屋があるみたいだから順番に見せてもらわないとね。ここの本部の中って、食堂と資料室以外は、実を言うと私もあんまりまだ見た事がないの」
「へえ、そうなのね。じゃあ一緒に見せてもらいましょう」
顔を見合わせて楽しそうに笑った二人は、待っていてくれた執事達にお礼を言って、一緒に建物の中へ入っていった。
そのまま、また執事達に取り囲まれてゆっくりと階段を上がっていく。
「ええと、マークやキムが働いているのもここなのよね?」
確か、彼らも竜騎士隊本部付きになったと言ってレイと大喜びしていたのを覚えている。
「そうよ。ここの二階に彼らの仕事場もあるわ。もちろん、私が勝手に行けるような場所じゃないんだけどね」
目を輝かせたニーカが何か言うより早く、慌てたようにジャスミンがそう言って首を振る。
「なあんだ。こっそり会えるのかと思って楽しみにしていたのになあ」
「もう、ニーカったら何を言ってるのよ。お仕事の邪魔しちゃあ駄目なの!」
踊り場で足を止めて真っ赤になったジャスミンを見て、横を向いて小さく吹き出したニーカだった。
「駄目?」
「絶対に駄目なの! もう、ニーカったら無茶言わないでちょうだい」
困ったように笑ったジャスミンは、ニーカの顔を見てから小さなため息を吐いた。
「ここへ来て、正直に言うと最初は同じ事を思っていたわ。こっそり会いに行けるんじゃあないかって。でも、そんなの絶対に無理なの。私の周りには護衛の人達だけじゃあなくて、常に複数の目がある。勝手な行動なんて絶対に無理なの。ここに来てから彼と私の身分の違いってものを何度も実感したわ。マークの事は本当に大好きだし、両想いになれて本当に嬉しいけど……これから先の事を考えたら、ちょっと迷惑だったかなって……そう考えちゃう」
俯いたジャスミンの消えそうな呟きは、すぐ横にいたニーカにしか聞こえていない。
「でも、好きなんでしょう?」
顔を寄せたごく小さなニーカの言葉に、真っ赤になったジャスミンが小さく頷く。
「だったら諦めちゃあ駄目。ディアにもいつも言っているけど、ジャスミンにも言ってあげる。大丈夫よ。心から願えば、ちゃんと精霊王は見ていてくださるわよ」
「そうね。ありがとうニーカ」
まだ赤い顔を上げたジャスミンは、少し困ったように笑いながらそう言って頷く。
「うん。ほら行きましょう。階段があと半分ね!」
ジャスミンの言葉にニーカも笑顔で頷き、二人は手を繋いで一緒に階段を上がって行ったのだった。
「うわあ、本当に豪華で綺麗なところなのね」
到着した二階の廊下を見て、立ち止まったニーカが目を輝かせる。
そのまま執事の案内で、少し奥に入った部屋へ向かう。
「お疲れ様でした。こちらのお部屋になります」
立ち止まった執事が一礼してそう言い、豪華な彫刻の入った大きな扉を示す。
「ねえ、どこもおかしくない?」
慌てたようにニーカがそう言って胸元を触り前髪を引っ張る。
「大丈夫よ。完璧!」
ジャスミンが笑ってニーカの背中にそっと手をやり、執事が開けてくれた扉の中へ並んでゆっくりと入って行った。
「ようこそニーカ!」
笑顔のレイの言葉に、やや緊張しながら入ってきたニーカが笑顔になる。
「ほう、これは素晴らしい」
アルス皇子の呟きに、マイリーとヴィゴ、それからも感心したように笑いながら頷いている。
「へえ、可愛い」
「ああ、ちょっとお化粧もしたんだね」
「へえ、ドレスとお化粧でこんなに印象って変わるんだね。女性って凄いなあ」
若竜三人組が、揃ってこちらも感心したようにそう言ってニーカを見つめている。
薄紅色のドレスを身に纏い髪を整えて薄化粧をしたニーカは、先ほどまでの巫女服を着ていたニーカとは全く別人のように見える。
「うん、とてもよく似合っているよ。これはジャスミンのお見立てかな?」
笑ったルークの言葉に、ジャスミンが笑顔で頷いて胸を張る。
「はい、ドレスと装飾品は私が見立てました」
「うん。素晴らしい。父上が寄越してくださった侍女達も、なかなかの腕前のようだね」
うんうんと頷いたルークがそう言い、ジャスミンも同じ事を思っていたので笑顔で頷く。
「皆、とても良くしてくださいます。すっごく豪華なドレスがいっぱいで、本当に驚きました」
恥ずかしそうなニーカの言葉に、皆笑顔になるのだった。
「ほら、今日の主役はここだよ。座って」
笑顔のレイがそう言い、ジャスミンとニーカをアルス皇子の隣の席に案内する。
まさかのアルス皇子の隣の席に大人しく座ったニーカだったが、突然襲ってきた緊張のあまり密かに冷や汗をかいていたのだった。
『大丈夫だよ』
『ちゃんと教えてあげるから安心して』
笑ったクロサイトの使いのシルフが耳元でそう言ってくれ、カチカチになったニーカは真顔のまま小さく頷いていたのだった。




