ニーカの旅立ち
「じゃ、じゃあこれでお願いします!」
「はい、かしこまりました。いつもありがとうございます」
綺麗な花のブローチを選んだマークの叫ぶような声に、伝票を持ったクッキーが笑顔で頷いている。
「あ、決まったみたいだね」
「どれどれ……へえ、案外無難なところを攻めたなあ」
耳まで真っ赤になっているマークの後ろから、レイとキムが肩越しに覗き込んで選んだ品物を見て笑顔になる。
「ぶ、無難で良いじゃないか! これは普段使いにも、ちょっと改まったお茶会の席でも使える良い装飾品なんだぞ!」
「ああ、確かにそうだね。へえ、ちゃんと考えてるんだ」
真っ赤になりつつもそう叫んだマークの言葉に、レイが感心したようにそう言って頷く。
女性が身につける装飾品は実に様々な種類や形があり、例えばブローチ一つにしても、昼食会と夜会では使っていい宝石や使ってはいけない宝石などが決められている。それから土台の金属にも様々な決まりがある。あるいは、場合によっては装飾品の形そのものにまで、とにかく細やかな決まり事が山のようにあるのだ。
なので意中の女性に装飾品を贈る際には、そういった事を考えて贈らなければならない。
まあ、基本的には商人の側が心得ているので、注文主が贈る相手を聞いてそれに合わせた商品を提案してくれる事が多い。
今回も、当然クッキーはルークやタドラ達から、ジャスミンの今後についても簡単にだが教えてもらっている為、ちょっと改まった昼食会やお茶会でも使えて、更に気軽に普段でも身につけられるような定番のブローチを提案したのだ。
「うん、いい選択だと思うぞ。こういうのは幾つあってもいい物だからな」
笑ったルークの言葉に、若竜三人組も揃って頷いている。
「ご指導ありがとうございました!」
直立したマークの叫びに、揃って吹き出したルーク達だった。
無事に贈り物選びが終わったところでマークとキムは自分の仕事場へ戻って行き、レイは机の上に並べられた贈り物を見て首を傾げた。
「えっと、僕が選んだ分はこのままニーカの部屋に届けてもらえるって聞いたけど、マークが選んだジャスミンへの贈り物はどうするの?」
そのままクッキーに預けてあるという事は、直接マークが届けるわけではないみたいだ。
「ああ、こちらはジャスミン様のお部屋へ、ニーカ様の歓迎が終わった頃にお届けいたします。つまり、ニーカ様の歓迎会が終わって部屋で一息ついたところにマークからの贈り物が届くわけだ」
最後は顔を寄せて小さな声でクッキーが解説してくれる。
「えっと……」
わざわざずらして贈る意味が分からなくて首を傾げていると、小さく笑ったクッキーがまた耳元に顔を寄せた。
「つまり、そう言う贈り物には、ちゃんといつでも貴方の事を見ていますよ。って意味があるわけ。大丈夫だよ。ジャスミン様なら、ちゃんと贈り物に込められた意味も理解してくださるよ」
そこまで言われて、無言になって考える。
「そっか、ニーカに贈り物を選んだ時に、ジャスミンの事を想って追加で贈り物を選んだよ。って、つまりそう言う意味?」
笑ったクッキーが大きく頷くのを見て、レイは天井を見上げて大きなため息を吐いた。
「うう、聞いただけで気が遠くなりそう。そんなの僕には絶対に無理〜〜」
「クラウディアが巫女で良かったな」
耳元で笑ったクッキーに小さな声でそう言われて、耳まで真っ赤になったレイだった。
「だけど、ニーカの引っ越しが落ち着いてからでいいから、女神の神殿に、お前の名義でお菓子をまとめて届けておくといいぞ。いつもお勤めご苦労様です。息抜きにお菓子をどうぞ。くらいの簡単なカードを添えておくのを忘れずにな」
これも耳元でごく小さな声でそう言われて、レイの動きが止まる。
「そっか、神殿に残された他の子達への気配りだね!」
笑ったクッキーが笑顔で頷きながらお菓子のリストの束を差し出すのを見て、レイは堪えきれずに大きく吹き出したのだった。
「あの、お待たせして申し訳ありませんでした」
巫女達や僧侶達との別れの挨拶を終えたニーカは、まだ赤い目を隠しもせずに慌てたように我に返って待っていてくれたグレッグ執事にそう言って頭を下げた。
「いいえ、ニーカ様が謝る事は何もございません。もうお別れはすみましたか?」
「はい、ありがとうございます」
笑顔で頷いたニーカを見て、グレッグ執事も笑顔で頷く。
「では参りましょうか」
その言葉にもう一度大きく頷いたニーカは、ゆっくりと振り返る。
そこには目を真っ赤にしたクラウディアをはじめ、仲間の巫女達やお世話になった僧侶達が揃って笑顔で彼女を見つめていた。
「では、いってきます! どうか皆様もお身体には気をつけてください!」
満面の笑みでそう言って手を振るニーカを見て、皆も笑顔で手を振ったのだった。
そのまま皆に見送られて外へ出たニーカは、一人だけ待っていた大きな馬車に乗り込んだ。
「どうか元気で。いつでもシルフを寄越してくれていいんだからね」
また涙を浮かべたクラウディアの言葉に、同じくらいに目を潤ませたニーカもなんとか笑顔で頷く。
「うん。絶対寄越すからね。ディアも、いつで遠慮なくシルフを寄越してね」
「そうね。そうするわ」
馬車の窓越しに泣きながら、それでも笑顔で頷き合った二人を見てあちこちからもしゃくりあげる音が聞こえたのだった。
「では、出発いたします」
グレッグ執事が馬車の後ろへ乗ったのを見て、御者の男が軽く一礼して大きな声でそう言いゆっくりと馬車を進ませた。
軋む音がしてゆっくりと馬車が進み始める。
窓から身を乗り出すようにしたニーカは、真っ赤な目で自分を見送ってくれる人達を、ずっと見えなくなるまで見つめ続けていたのだった。
馬車が大きな円形交差点を過ぎて完全に神殿が見えなくなったところで、ニーカは大きなため息を一つはいて椅子に座り直した。
いつもなら笑顔になるふかふかな座り心地の椅子も、触り心地抜群な綿兎の大きな膝掛けも、今のニーカの涙を止める事は出来ず、膝掛けに顔を埋めたニーカは、声を殺してずっとしゃくりあげていたのだった。
後部の覗き窓からそんなニーカの様子を見たグレッグは、御者に密かに指示を出して一の郭の道を少し遠回りさせ、ゆっくりと時間をかけて竜騎士隊の本部へ向かったのだった。




