贈り物選びとやってはいけない事
「よし! 資料整理は後でいいから、とにかく行こう!」
「そうだな。優先順位はあっちが先だな」
自分達の仕事場である本部の仕事部屋に戻ったマークとキムは、運んできた木箱をとにかく下ろして積み上げると、そのまま大急ぎでレイの元へ向かった。
普段は一般兵である彼らは決して上がれない、竜騎士隊の本部がある三階への階段を上がる。途中に待機している警備役の兵士は、彼らの身分証を見て何も言わずに通してくれた。
「マーク軍曹とキム軍曹ですね。ご案内しますのでどうぞこちらへ」
階段を上がったところで控えていた竜騎士隊付きの執事の案内で、そのまま会議室へと通される。
「うわあ、なんか凄いぞ」
「うええ、ここに俺達が買えるような値段のものってあるのか?」
どうぞこちらですと言われて通された広い部屋には、何に使うのかすら彼らには想像もつかないような品物がいくつも並んだ机の上に、びっしりと展示されている。
「こっちこっち」
全く何をどうしたらいいのか分からずに立ち尽くしていると、ちょうどクッキーと一緒にいたレイが笑いながら手招きをしてくれた。
「お世話になります!」
「よろしくお願いします!」
慌ててそう言いながら二人の元へ駆け寄る。
「二人が来るって分かっていたら、もうちょっと安めの価格帯のも持って来てやったのになあ」
クッキーが小さな声で苦笑いしながらそう言って並んだ品物を見る。
「場違いなのは分かってるよ。なあ、それより、冗談抜きでここに俺達でも買えそうな価格帯のものって何かある?」
「あったら教えてください!」
割と本気で泣きそうになっている二人の言葉に、レイとクッキーが揃って吹き出す。
「一応、参考にと思って持ってきた比較的低価格のがこっちの列のやつなんだけど、ちなみに二人の予算はどれくらいまで?」
ここは商売人の顔になったクッキーが、二人のところへ顔を寄せて小さな声でそう尋ねる。
「ええと……これくらい、かな?」
「もうちょい出せるぞ」
「じゃあ、これくらい?」
「まあ、それくらいなら」
「おう、それなら俺も出せる。一応、ここまでなら何とかなる」
顔を見合わせた二人は、顔を寄せて指を折ったり伸ばしたりしながら真剣に小さな声で相談して、かなり彼ら的には頑張った金額をクッキーに伝えた。
「ああ、一人ずつではなく二人で一緒に贈るのなら金額的にはそれなりになるな。うん、じゃあこっちの列はほぼ大丈夫だよ。あと、本が良いならこっちにリストがあるから、欲しい物があれば言ってくれれば値段を確認するよ」
「ああそうか。本を贈るって手もあるのか!」
クッキーの説明に、マークが目を輝かせて手を打つ。
「確かに、贈り物としては良さそうだけどだけど……でも、そっちの方が逆に高そうな気がするけど、予算的に大丈夫か?」
「うう、確かに。俺達でも買える本なんて贈り物にはならないよなあ」
苦笑いしたキムの言葉に、同じく苦笑いしたマークもうんうんと頷く。
「あ、僕も本は贈ろうと思っていたから、それなら僕達三人からって事にすればいいよね!」
大人しく横で聞いていたレイが、良い事思いついたと言わんばかりに満面の笑みでそう提案する。
「ええと……」
しかし、レイの提案を聞いた二人は、困ったように顔を見合わせてから揃ってクッキーを振り返った。
彼らが何を言わんとしているのか即座に察したクッキーは、苦笑いしながらレイの袖をそっと引いた。
「レイルズ様、それはちょっと今回の贈り物では難しいと思いますね」
「え? どうして?」
それなら彼らの役に立てると思って喜んでいたレイが、驚いたようにそう言ってクッキーを見る。
「はい、ではお分かりでないようなので、僭越ながら私が説明して差し上げます。まず今回の贈り物は、竜司祭となるためにこちらへ引っ越して来られるニーカ様へ、竜騎士見習いであるレイルズ様からの歓迎の贈り物です。これは分かりますね」
まさにその通りなので、笑顔で頷く。
「その贈り物に、一般兵であるマーク軍曹とキム軍曹がレイルズ様と連名で贈り物をするというのは、絶対にやってはいけない、あり得ない事です」
真顔のクッキーの説明に、こちらも真顔になったレイが無言になる。
「えっと……つまり、僕と彼らでは身分が違うから連名にするのが駄目って事?」
「はい、その通りです。例えばこれが精霊魔法訓練所内で、ニーカに俺達から何か贈るような場合なら、俺達全員の連名で贈ってもなんら問題はないんだよ。この違いが分かるか?」
後半は、耳元まで顔を寄せてのごく小さな声での説明になる。
「えっと……」
あえてマークとキムだけでなく、俺達という言い方をしたクッキーの説明の意味をレイは真剣な顔で考える。
レイにしてみれば、どちらも同じ贈り物だと思うがクッキーは違うのだという。
マークとキムにもさっきのクッキーの説明は聞こえていたはずだが、彼らも何も言わないという事は、クッキーの言う事が正しいのだろう。
何が違うのかを無言で考えていたレイは、小さく頷く。
「えっとつまり、精霊魔法訓練所内では身分の差はないから、マークとキムだけでなく商人であるクッキーを含めて僕と連名で何かを贈っても大丈夫。だけど、ここは竜騎士隊の本部っていう公の場所。だから一般兵である彼らと竜騎士見習いである僕とでは、身分が違いすぎるから同額を出しての連名での贈り物は出来ない。逆に、連名にして僕だけ高額を出すのはもっと駄目……って事だよね?」
「はい、よく出来ました。まさにその通りです。聞き分けていただけますか?」
少し困ったようなクッキーの言葉に、明らかに安堵した様子のマークとキムも頷いている。
「うう……分かりました。じゃあ僕は別で用意するから、二人は連名で仲良く贈り物をすればいいよね」
「デカい図体して拗ねるなよ」
明らかに拗ねた口調のレイの言葉に、小さく吹き出したマークが小さな声でそう言ってレイの腕を叩く。
「拗ねてません!」
明らかに拗ねているのに拗ねてないのだと言うレイの宣言に、マークとキムは揃って吹き出し、クッキーは笑いを必死になって堪えていたのだった。
その後、レイがクッキーと一緒に自分の贈り物を選んでいる間にマークとキムもなんとか自分達で贈り物を探した結果、さっきレイが見つけたあの竜の細工の入ったオルゴールを選んでレイを喜ばせたのだった。
『成る程なあ。贈り物一つとっても、色々と大変なのだなあ』
机の上に置かれた大きな鏡台に座ったブルーの使いのシルフが、呆れたようにそう言って笑う。
『でもこれらは貴族社会で生きていく為には決しておそろかにしてはいけない事』
『主様よりもあの二人の方が身分については心得ているから心強いね』
『確かにそうね』
『確かにあの二人の方がレイよりもそういった事については心得ているようだな』
ニコスのシルフ達の言葉に、ブルーも同じ事を思っていたのでそう言って頷く。
『彼らにとっては身分の違いは生まれた時から当たり前にあるものだからね』
『だけど主様はまだその辺りはまだまだ知識はあっても実感がないみたい』
『でも一度でも経験すればちゃんと理解してくれる』
『だからあとはもうこういった経験をたくさんしてもらうしかない』
『主様は百回の説明よりも一度の体験の方が理解が早いからね』
ニコスのシルフ達も苦笑いしながらうんうんと頷いている。
『確かにそのようだな。では今回は、貴重な経験を積ませてもらったと思っておこう』
笑ったブルーの使いのシルフの言葉に、ニコスのシルフ達も揃って笑いながら何度も頷いていたのだった。




