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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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引っ越し当日の彼女達

「ええと、もう忘れ物はないわね。ううん、改めて見るとなんだか寂しいわね」

 すっかり空っぽになった自分のものを入れていた戸棚を見ながら、腕を組んだニーカが小さな声でそう呟く。

 結局、ニーカは降誕祭の贈り物としてレイやマーク達から貰った物だけを自分の私物として本部へ持って行く事にして、それ以外の物は全てここに残していく事にしたのだ。

 公爵様からいただいた何冊もの本は相談の結果全てクラウディアに譲る事にして、グレッグ様にお願いして持ち主の変更手続きを取ってもらった。

 こうしておけば、万一誰かに盗まれたりした時に彼女の物だと主張出来るし、精霊達が誰の持ち物か証明してくれるからだ。

 公爵様から個人的にいただいた編み針や縫い針などの裁縫道具は、ニーカが頑張って作った布製のお裁縫箱に綺麗に整頓して収められている。

 それから私物として扱われる下着などの着替えや綿兎の靴下は、改めて水の精霊達に綺麗にしてもらったのでシミの一つも無くピカピカの新品同様になっている。

 精霊魔法訓練所へ行く際に持っていた、これも頑張って作った布製の手提げ鞄もそのまま残しておく事にした。

 これらは全て、ニーカがここを出た後に入れ違いにやって来る、ペリエルに使ってもらう予定だ。



「寂しくなるわ。ねえ、いつでも声が聞きたい時にはシルフを飛ばしてくれていいんだからね。ううん、用がなくても、いつでも遠慮なく飛ばして。お願いよ……きっと、私の方が寂しくなると思うからさ……」

 小柄なニーカの背中側から両手で抱きしめたクラウディアは、最後はごく小さな声でそう言ってニーカの頭に鼻先を埋めた。

「うん、もちろん。この後はペリエルがこの部屋に来るんでしょう? 光の精霊魔法を扱える子なんだから、ディアがしっかり教えてあげないとね。私に教えてくれたみたいにさ」

 イタズラっぽい声でそう言ったニーカが、自分の右手の上に光の精霊を呼んで小さな光の玉を灯させる。

「そうね。先輩なんだからしっかりしないとね」

 顔を上げたクラウディアも笑ってそう言い自分の手のひらに光の精霊を呼んで光の玉を灯した。

 ふわりと浮き上がった二つの光の玉は、空中でまるで遊ぶかのようにクルクルと回ってチカチカと点滅した。

 今のは彼女達が特に何か命じたのではなく、光の精霊達自身が遊んでの事だ。

 それを見て揃って笑顔になったクラウディアとニーカは、顔を見合わせて正面からしっかりと抱き合った。

「大好きよニーカ。これから先、貴女に求められる仕事はきっと私の想像もつかないくらいにたくさんあるのでしょうね。貴女のこれからに幸多からん事を」

「大好きよディア。実を言うとね、貴女の事はお姉さんだと思っていた。ううん、今もこれからもそう。私の大切なお姉様よ。私、ずっと一人だったから……お兄さんかお姉さんが欲しいって、ずっとそう思っていたの。ディアは、私のお姉さんよ」

「まあ、光栄だわ。実を言うと私も貴女の事は妹だと思っていた。私も一人っ子だったから、ずっと妹が欲しいと思っていたの。これからもずっと、住むところが離れても、立場が変わってもずっと一緒よ。貴女は私の大切な妹なんだからね」

「嬉しい! お姉様!」

 クラウディアの言葉にぴょんぴょんと飛び跳ねたニーカは、目を輝かせてもう一度クラウディアに抱きついた。

 両腕に力を込めて、まるでしがみつくみたいに。

「これからの事を考えたら……正直に言うと、足が震えるくらいに怖い。本当に私に出来るのかって考えたら、全部放り出して逃げ出したくなるくらいに怖いわ。でも、頑張るって決めたんだもの……ディアと約束したものね。頑張るんだって……」

 隠しようもないくらいに震えるその小さな体を、クラウディアも力一杯抱きしめ返してやる。

「うん、新しいところへ行くのは誰だって怖いわ。ましてや、竜司祭となる貴女に求められる責任の重さを考えたら、怖くなるのは当たり前だと思う。でも、でもそれはクロサイト様の主である貴女にしか出来ない、精霊王から与えられた重要なお役目なんだからね。立派な竜司祭様になった貴女のお務めを、神殿で見る日が来るのを楽しみにしているわ。大丈夫。貴女にはクロサイト様が付いているんだからね」

 言い聞かせるような優しいクラウディアの言葉を、彼女に縋り付くようにして抱きついていたニーカは顔も上げずに何度も頷く。

「うん、うん。分かってるわ……今だけ。今だけよ……」

 泣きそうな声でそう言って、ぎゅっとクラウディアの巫女服の端を握りしめる彼女の言葉に、クラウディアはもう何も言わずに小さく頷き、そろそろ出発のお時間ですと出迎えに来てくれた執事のグレッグが呼びに来るまで、ずっと震えるニーカを抱きしめていたのだった。



「ニーカ、貴女のこれからに幸多からん事を」

「大変な事もあるでしょうが、精霊王と女神オフィーリアは常に貴女と共にありますよ」

「しっかり頑張ってね。また新しいレース編みが出来たら届けてあげるからね」

 クラウディアと共に部屋を出たニーカを待っていたのは、廊下に並んだ巫女達や僧侶達だった。

 本当にほぼ全員が来ているのではないかと一瞬思うくらいに、びっしりと廊下を埋め尽くしている。

 皆笑顔でニーカを見ている。しかし、巫女達の中には目を真っ赤にして胸元で両手を握りしめている子達もいる。

「はい、本当に、本当にお世話になりました! ここでの事、一生忘れません。そして受けたご恩も決して忘れません。ここを離れても、心は常に皆様と共にあります。どうか、もしも何か困った事があった時には私の事を思い出してください。必ずお力になります」

 私物の入った包みを抱えたニーカは、そう言って深々と頭を下げた。

「まあまあ、なんて優しい子なんでしょうね。ええ、心は常に共にありますね」

 年配の僧侶達が、優しい声でそう言ってニーカを撫でたり抱きしめたりしてくれる。

 とうとうここで、今まで我慢していたニーカの涙腺が決壊してしまい、そこからあとはまるで子供のようにしゃくりあげる彼女を僧侶達や巫女達がかわるがわる抱きしめたり撫でたりして必死になって慰めてくれたのだった。

 執事のグレッグは、そんな彼女達を見ても特に急かせるような事もせず、黙って控えたままニーカの気が済むまでじっと待っていてくれたのだった。

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