本読みの会最終日の夜
「では、なかなかに実り多い時間となったところで、我らは戻らせていただきます」
「非常に有意義な時間でした。是非、次回開催の折りにも参加させていただきたいものですな」
ラプトルに乗ったケレス学院長とダスティン少佐が、嬉しそうに顔を見合わせてうんうんと頷き合っている。
「確かに有意義な時間であったな。では、そろそろ呼び出しがうるさくなって参りましたので、ワシも戻らせていただくとしましょう」
苦笑いしたガンディもそう言って用意されたラプトルに飛び乗る。彼の肩には先ほどから伝言のシルフが何度も現れては、忙しなく話をしてはすぐに消えるのを繰り返している。
「マーク軍曹、次の新しい論文が届くのを楽しみに待っておるぞ」
見送りに出てきて端っこに並んで整列しているマークとキムを見て、にんまりと笑ったガンディが鞍上からそう言って手を振る。
「ご、ご期待に添えるよう、頑張ります!」
少し前に、初めての光の精霊魔法の合成術に関する論文を大学に提出したばかりのマークは、背中に冷や汗をかきつつそう言って背筋を伸ばした。
「うむ、何か問題があればいつでも遠慮なくシルフを飛ばしなさい」
「はい、よろしくお願いします!」
ガンディの言葉に、背筋をこれ以上ないくらいに伸ばして直立するマークを見て、竜騎士達も苦笑いしている。
「では参りましょうか」
笑ったケレス学院長の言葉に二人も頷き、護衛の者達に囲まれてそれぞれの職場へ戻って行った。
茂みの向こうに姿が見えなくなるまでその姿を見送った竜騎士達は、庭に並んでこっちを見ている竜達の元へ駆け出して行った。
今は、ブルーや湖にいた他の竜達も湖から出てきてくれているので、いつもは広いこの庭も狭く感じるほどだ。
レイも、マーク達を置いてブルーの元へ駆け寄って行った。
それぞれ自分の竜と仲良く話をする竜騎士達を見て、マークとキムは笑顔で顔を見合わせてそっと下がって彼らが戻ってくるまで直立したまま待ち、その後一緒に書斎へ戻って行ったのだった。
「一応、今夜で本読みの会は一旦終了なんだけど、どうだい? まだ読み足りない?」
本棚を見上げたルークの言葉にあちこちから笑い声が上がり、もっと読みたいとの声が上がる。
「だけど明日は、午前中にニーカがこっちへ引っ越してくるから、その際には俺達は出迎えに行かないと駄目だし、明日の夜会は竜騎士は全員出席だからなあ。まあ、来月辺りにもう一回改めて開催するか」
腕を組んだルークの呟きに、同意の声と残念がる声が重なる。
「まあ、今夜はこのままここで過ごしてもいいか。でも、さすがに夜は寒いぞ」
外はまた小雪がちらつき始めている為、暖炉のない書斎は底冷えするくらいの寒さになっている。
「じゃあ、それぞれ好きな本を持ち出して、暖炉のある部屋へ行けばいいんじゃあありませんか?」
書斎の並びには、いつもお茶やお菓子をいただく休憩用の部屋以外にも、大きな暖炉のある広い部屋がいくつもある。
「ああ、確かにそれでもいいな。好きなだけ本を選んで持っていけばいいんだからさ」
レイの提案に、用意されてある何台もの移動式の本棚を見たロベリオ達も笑顔で頷く。
「よし、じゃあ読む本を選ぼうっと!」
嬉しそうにそう言ったレイが、空の移動式の本棚を引っ張って未整理の本棚に駆け寄る。それを見て慌てたようにマークとキムもそれに続いた。
マイリーとヴィゴも、空の移動式本棚を引いて本棚の前に駆け寄り、若竜三人組とティミーは二台確保して本棚の前へ行く。
ルークとカウリは、顔を見合わせて残った一台を二人で引いて本棚の前へ駆け寄って行った。
ティミーは目を輝かせて分厚い政治経済の本や、上位の精霊魔法の実技教本を見つけては本棚に並べていたし、レイもニコスのシルフ達が教えてくれる本をせっせと本棚に並べていた。
皆それぞれに好きなだけ本を選び、そのまま別室へ移動する。
暖炉に火が入れられて暖かいその部屋には、普段は置かれていない大きなソファーや一人用のソファーがあちこちに並べられている。
「お茶と軽食は別室にご用意しておりますので、ご入用の際はそちらへどうぞ。こちらの部屋での飲食は、禁止とさせていただきます」
部屋付きの執事がそう言って深々と頭を下げる。
「そりゃあそうだ。これだけの貴重な本を持ってきているんだから、うっかり本にお茶でもこぼしたら責任問題だよな」
うんうんと頷いたカウリの言葉に、レイも真剣な顔で大きく頷くのだった。
「じゃあ、まずはこれからだね」
大柄な彼が座ってもゆったりと座れる大きなソファーに座ったレイは、手にしたのはインフィニタスの魔法理論に関する本を見ながらそう呟く。これはガンディが今回持ってきてくれた本の中にあったものだ。
「インフィニタスの魔法理論に関する本なんて、城の図書館でも三冊しかないんだぞ。それなのに、ここには上下巻を含めて全部で十二冊もあるって言うんだから、冷静に考えたらとんでもないよなあ」
同じくインフィニタスの魔法理論の未読だった本を持ってきていたマークが、苦笑いしながら手にした本の表紙をそっと撫でてレイの隣に座る。
「確かにそうだよなあ。ここにある本だけでもどれだけの価値があるのか考えたら、ちょっと気が遠くなりそうだよ」
精霊魔法の系統に関する本を手にしたキムも、うんうんと頷きながらそう言ってマークの隣に座る。
そのまま無言でそれぞれの本を読み始める。
竜騎士達も、好きにソファーに座って持ってきた本を読み始めた。
ティミーは、用意していたノートをテーブルの上に広げて、分厚い政治経済の本を広げて読みながら、時折ノートを取っていたのだった。
それぞれの使いの竜達は、主の肩や腕に座って一緒に本を読んだり、真剣な様子で本を読む主の横顔を愛おしげに見つめたりしていたのだった。




