それぞれの考え
「はあ、ちょっと休憩」
ため息を吐いたレイが、開いていたソファーに座ってクッションに抱きつく。
「本当に最高だよな。思った時に好きなだけ討論出来る相手が常に複数いて、周りには選び切れないくらいの本の山があって好きなだけ読める。本当になんて贅沢な環境なんだろうな」
隣に座ったルークが嬉しそうに笑って、本がぎっしりと詰まった本棚を見上げる。レイも、同じように大好きな本がぎっしりと詰まった本棚を見上げた。
「本当だよね。手を泥だらけにして働く事もない」
「身の危険を感じて、武装する必要もない」
「感謝しないとね」
「そうだな……」
そのまま無言で本棚を見上げていた二人は、全く同じタイミングで互いを見て笑顔で頷き合った。
「じゃあ、せっかくだから少しくらい実技もしてみたいな」
「ああ、俺も同じ事を思っていた。ガンディはともかくケレス学院長やダスティン少佐は、実技の方はどうなんですか?」
こっちを気にしていた二人が振り返ったのに気付いたルークが、そう言って手にしていたマークが書いた資料を見せる。
「もちろん個人的な練習は続けております。一応、風と火の合成魔法である火の玉を投げ合う程度の事はほぼ安定して出来るようになっております」
ダスティン少佐が笑顔でそう言って、右手を上向にして顔の横に持ち上げて見せる。もちろん、ここでは術の発動は禁止なので振りだけだ。
「私も、彼らから日常的に講義の報告を聞いて、定期的な基礎訓練は行なっております。水と風で虹を出す合成術は、結婚披露宴では大人気ですからな」
ケレス学院長も、笑顔でそう答えて右手を上向きにして見せる。
「ああ、それなら第一段階は完璧ですね。どうする? せっかくだし庭へ出てみるか? 今なら竜達も来ている事だしさ」
その言葉に、レイが目を輝かせて自分の膝の上にいたブルーの使いのシルフを見る。
『ああ、我だけでなく全員の竜達が来ているぞ。さすがに全員が揃うとここの庭でも狭く感じるので、今は水の属性を持つ竜達は、我と共に湖にいるよ』
その答えに納得して笑顔で頷く。
「じゃあ、ちょっと寒いけど、庭へ出てみようか」
ルークの言葉にあちこちから返事が返り、皆読み掛けていた本や資料を置いて立ち上がった。
ティミーも笑顔で頷き、書きかけだったノートを置いて立ち上がった。
普段はカナエ草のお薬もお茶も飲んではいないダスティン少佐とケレス学院長も、数日前から届けられたカナエ草のお茶とお薬を飲んでいるので、竜のそばへ行っても問題無い。
レイも笑顔で立ち上がり、マークやキムと並んで廊下を早足で歩いて庭へ駆け出して行った。
「ああ、湖にいてもそれなら一緒に参加出来るね!」
庭にブルーがいなくて残念だと思っていたレイは、湖から大きな首を出して庭を覗き込んでいるブルーの姿を見て笑顔になった。
同じようにして湖に入った状態で首を伸ばしてこっちを見ているルークの竜のオパールと、マイリーの竜であるアメジストの姿もある。
そしてブルーの横にはティミーの竜であるターコイズの姿も見えて、なんだか嬉しくなってティミーと一緒に大きく手を振る。それを見てルークとマイリーも苦笑いしつつ一緒に手を振ってくれた。
そんな彼らを見て、ブルーをはじめとする竜達の鳴らす嬉しそうな喉の和音がここまで聞こえてきて、もっと笑顔になったレイだった。
「ふむ、二つどころか三つ同時発動とは……雲を掴むような話だな。何をどうするのかさっぱり分からん。そもそも光の精霊魔法に適性のない我らでは、魔法陣を描く事は出来ても肝心の発動実験自体に参加出来ぬなあ」
戸惑うようなケレス学院長の呟きに、横でダスティン少佐も苦笑いしつつ頷いている。
そもそも三つの精霊魔法の合成の場合、ケレス学院長が言ったように光の精霊魔法が必須となるので実際に合成実験が出来るのは、今いるこの顔ぶれであってもレイとマーク以外はルークとガンディくらいしかいない。
光の精霊魔法に適性はあるものの、ティミーの場合はまだ合成魔法そのものも練習中なので、他の上位の精霊魔法と同じで成功率は決して高くはない。
「今日の僕は、実技の再現実験には参加せずに見学させていただきますね」
自分の精霊魔法の腕前を理解しているティミーは、困ったようにそう言って少し下がった。
「ううん、三つ合成するとしたら……火と風に土ならばなんとかなるかな?」
一方、光の精霊魔法に適性のないマイリーは、先ほどのマークとキムが書いた資料や魔法陣をじっくりと読み込み、通常の精霊魔法を三つ同時に合成出来ないかを試したくて、先ほどからうずうずしていたのだった。
竜騎士達は、一旦それぞれの竜のところへ行き顔を寄せて相談をはじめた。発動実験をする際には、竜達に守ってもらう必要があるからだ。
前回のマークがやったように、新しい合成術の場合は何があるか分からないので、防御の確認は必須だ。
「大丈夫だよ。人の子が起こす合成術程度ならば、何があろうと絶対に止めてやるゆえ、安心して練習するがいい」
しかし、そんな彼らの様子を見たブルーは、面白そうにそう言って大きく喉を鳴らした。
「ああ、確かにそうだな。では、何からやってみる?」
普段と違って楽しそうに目を輝かせているマイリーを見て、ケレス学院長とダスティン少佐は声も出ないくらいに驚いていたのだった。




