三人の到着と追加の贈り物
「おお、西の離宮はいつ見ても見事な建物ですねえ」
「確かに見事ですなあ。建て替えがされているとはいえ、それでも三百年以上前、しかもその際に、建築当時の元の形をそのまま忠実に再現したと聞いていますからね。明らかに、今の様式とは違う箇所が多数見受けられる。ううん、建築学の研究者が見れば、それだけでレポートを書けそうですな」
離宮の広い庭に到着したダスティン少佐の呟きに、ケレス学院長も笑顔で建物を見上げてそう言って何度も頷いている。
「ああ、それならば毎年夏に行われる、大学の建築学の学生達を集めた城の様々な建物の見学会。毎年では無いがここも見学に入っていて、学生達の間でも人気だと聞いていますぞ」
振り返ったガンディの言葉に、ケレス学院長は苦笑いしている。
精霊魔法訓練所の責任者であるケレス学院長は、当然だが教育者として長年過ごしてきた。
精霊魔法訓練所を卒業した生徒を、必要とあらば大学に推薦して大学に進学させたり、書庫の本を定期的に入れ替えたり、生徒によっては今のレイのように特別体制を組んで、個人授業を行うために教授達の協力を得る事もある。なので、精霊魔法訓練所と大学との連携は非常に密だ。
当然、建築学部の生徒達を集めたその見学会の事も知っているし、実際に見学会に同行した事すらある。
だが、古竜の主であるレイが陛下からこの離宮を自由に使っていいと言われて以降、実は見学の候補から西の離宮は外されているのだ。
もちろん、離宮横の湖にブルーが棲んでいる事や、レイがいつここへ来るか分からないので除外されているのが一番大きな理由だが、建築学の教授達や関係者達は、出来れば数年に一度程度でいいのでまた見学会の候補に加えてほしいと密かに考えている。
「では参りましょうか。マイリー達は会議があるので午前中はおりませんが、午後からはまた顔を出すのだと聞いておりますぞ」
同じく離宮の建物を見上げていたガンディの言葉に二人も笑顔で頷き、そのままゆっくりと離宮へ向かった。
出迎えに出ていた執事にラプトルを預け、そのまま案内されて建物の中に入る。
「ああ、ようこそ本読みの会へ!」
カナエ草のお茶の入ったカップを置いたレイが、目を輝かせて立ち上がり、マーク達も慌ててそれに倣う。
ダスティン少佐と初めて会うティミーは、目を輝かせて挨拶をしていた。
「お待ちしていましたよ。でもまずはお食事をどうぞ。俺達はもう頂きましたので」
同じく立ち上がったロベリオの言葉に、三人も揃って笑顔になる。
「よろしくお願いします。いやあ、招待状を受け取った時から、これは何が何でも参加せねばと必死で予定を調整しましたからねえ。無事に参加出来て安堵しております」
「よろしくお願いします。確かに。私も必死になって予定を開けましたからね」
ケレス学院長に続き、ダスティン少佐も苦笑いしながらそう言って肩をすくめた。
「では、まずは食事をいただくとしましょうか。おお、これは美味しそうだ」
一通りの挨拶が済んだところで、壁面に並んだ料理を見たガンディがそう言って嬉しそうに笑っている。
まだ直立しているマークとキムのところへ行って小さな声で何やら耳打ちしたダスティン少佐は、二人が小さく噴き出すのを見て、彼らの背中を叩いてから料理を取りに行った。
「えっと、ダスティン少佐は何をおっしゃったの?」
口を押さえてまだ笑っている二人を見て、レイが興味津々でそう尋ねる。
「今日は一生徒のつもりで来たんだから、出来れば合成魔法に関する講義を聞きたいんだけどな。だって!」
二人の声の揃った答えに、レイも思わず吹き出す。
「あはは、じゃあ是非ともあの新しい魔法陣について、お三方の意見を聞かないといけないね。それで時間があれば、もう一回庭で実験してみてもいいかもね」
「確かに、もう一回実験をしたい気はするけど、書斎の本も読みたいんだよなあ」
「究極の選択だな」
真顔で顔を見合わせたマークとキムの呟きに、山盛りの料理を取ってきたガンディ達も一緒になって笑って頷いていたのだった。
「では、お先に書斎へ行っていますね。どうぞゆっくり食べてください」
先に食事を終えたレイ達が、ガンディにそう言って立ち上がる。
「おお、ではまた後でな」
笑顔の三人が手を上げてくれるのを見て、マーク達も一礼してからレイの後に続いた。
「じゃあ、昨日作った資料も、あの魔法陣と一緒に持って来ておくか。出来れば意見を聞きたいからな」
廊下へ出たところでキムがそう呟き、レイとマークの足が止まる。
顔を見合わせたレイ達は書斎へ戻るロベリオ達やティミーと一旦別れて、大急ぎで部屋へ向かった。
そして仕事が忙しくすっかり早食いが定着しているガンディ達三人は、本当にあっという間に食事を終えてカナエ草のお茶を飲み、レイ達が驚くほど早く書斎へやって来たのだった。
「実を言うと、また少々其方達の役に立ちそうな本を色々と持って来たのでな。今、別室で執事達が整理してくれておる。まあ、ここに置くなり本部へ持って行くなり、好きにするが良い」
「ありがとうございます! でも、年末にあんなに贈って下さったばかりなのに!」
新しい本の贈り物と聞いて目を輝かせるレイに、ガンディは新しく作られた壁面の本棚を見た。
「そっちの本は、新しいのが半分ほどと、あとは部屋にあった古い本を選んで贈らせてもらった。だが今日持って来たのは、積み上がっておるのを中心に適当に掴んできたので、もしかしたら関係ない本があるかもしれんが、まあよかろうて」
面白がるように笑うガンディの言葉に、あちこちから吹き出す音が聞こえた。
「えっと、関係ない本って……どんな本ですか?」
無邪気なレイの質問に、にんまりとガンディが笑う。
「まあ、それは夜にゆっくり読むがよかろう。今はこっちから選びなさい」
完全に面白がっているガンディの言葉に、ようやくどういった本なのかを理解したマークとキムが遅れて吹き出し、唯一全く意味が分かっていないレイは、不思議そうにしつつも素直に頷いていたのだった。




