蒼竜と少年

早朝の大騒ぎと新作寝癖

『らんらんら〜〜〜〜ん』

『ふんふんふ〜〜〜〜ん』

『あっちとこっちをぎゅっとして〜〜〜』

『もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ』

『ランランラ〜〜〜ン』

『ぐるぐる巻き巻き』

『ピュッとしてバ〜〜ン！』

『折り折り絡めて』

『ピュッとしてバ〜〜ン！』

　夜明け間もない朝日が差し込む広い部屋に、シルフ達の楽しそうな即興の歌声が響く。

　しかも、何故かいつもとちょっと歌詞が違う。

『おやおや、また今朝はずいぶんと……』

　ベッド横に置かれたテーブルに座ったブルーのシルフが呆れたようにそう言い、途中で我慢出来ずに吹き出してしまう。

　机の上に無造作に積み上がった資料の束の上に並んで座っていたニコスのシルフ達は、揃って先程からもうずっと大爆笑している。

　何しろベッドの上では、熟睡しているレイの髪だけでなく、マークとキムの二人の髪までもがシルフ達のおもちゃになっていたのだ。

　レイの周りには一番多くのシルフ達が集まっていて、いつものように三つ編みを絡めて作った複雑怪奇な塊と化した頭頂部だけでなく、左右の髪も三つ編みを不規則に絡めた複数の玉の塊が出来上がっている。

　一方、レイよりも硬くて短いマークの前髪から頭頂部辺りの髪は、シルフ達の手により細い束に分けられていて、その束ごとにレイの三つ編みのような細い縄状に捻(ねじ)られていたのだ。だが、硬い髪の為に、彼女達が捻る手を離す度に一気に解れてしまい一向に縄にならない。

　しかし、彼女達的には逆にそれが楽しかったらしく、捻った手を離す度に弾けるように解れる髪を見ては大喜びしているのだ。

　その結果マークの前髪から頭頂部の長めの髪は、ほぼ全て縄状の捻り癖の付いた妙な癖毛のようになっていて、髪の量が倍増していた。

　そしてマークよりもさらに硬くて短いキムの場合、その短い髪を二つ折りにして無理やり折り癖を付けてそれを更に絡ませるという二段構えの遊びを開発したシルフ達によって、こちらもまたとんでもない妙な頭になっていたのだ。

　三人は、自分達の髪がまさかそんな状態になっているなどつゆ知らず、揃って気持ち良さそうな寝息を立てて熟睡しているのだった。

「う、うん……」

　今朝もキムが一番最初に目を覚まし、大きな欠伸をしてからゆっくりと腹筋だけで起き上がる。

「おうおう、今朝もまた見事な芸術作品になってるなあ。何だか前回よりも君達の腕が上がっている気がするんだけど、俺の気のせいかな？」

　隣でまだ熟睡しているレイの頭を見たキムは、思いっきり吹き出して笑いながらそう言って、呼びもしないのに集まって来ていたシルフ達を見上げた。

『ふっふ〜〜〜〜ん』

『気のせいじゃあないもんね〜〜〜！』

『上手になったんだも〜〜ん！』

『上手なんだよ〜〜〜！』

『ね〜〜〜〜！』

　揃って得意げに胸を張る彼女達の言葉にもう一回吹き出したキムは、ベッドから降りて立ち上がり、その場で腕を上げて思いっきり伸びをした。

「じゃあ、うっかり手出ししてミスリルの頭突きを受けたら大変だから、俺はこのまま撤収するとしよう」

　にんまりと笑ったキムは、そのまま洗面所へ行こうとして重要な事実に気づいて慌ててもう一度ベッドを振り返った。

　そして堪える間も無くまた吹き出す。

「ギャハハ！　おい、ちょっと待て！　なんだよその頭は！」

　レイの隣で熟睡しているマークの髪に気が付いたキムが、大笑いしながら膝から崩れ落ちる。

『新作なの〜〜〜！』

『すっごく楽しかったの〜〜〜！』

『新作新作』

『楽しい楽しい』

　キムの言葉に、またシルフ達が得意そうにそう言って胸を張って見せる。

「駄目だ……お前ら、朝から、俺を、笑い殺す、つもり、かよ……」

　床に膝をついたまま、笑い転げるキム。

「おはようございます。いかがなさいましたか？」

　キムが起きたのに気付いた部屋付きの執事が、軽いノックの音と共に部屋に入って来て、床に膝をついて笑い転げるキムを見て慌てて駆け寄って来る。

「ああ、おはようございます。だって……あれ……」

　ベッドを指差しながら笑い過ぎて呼吸困難になってるキムを見て、戸惑うようにベッドを見る。

「ブフォ！」

　執事にあるまじき音を立てて吹き出した彼が、慌てたように口を押さえて一礼する。

「し、失礼いたしました」

　焦ったように謝られて、もう一回吹き出したキムが笑いながら何度も首を振る。

「あ、あれを見て笑えないなんて、なんの拷問ですかって。俺は気にしませんから、遠慮なくどうぞ笑ってくださいって！」

　大爆笑するキムの言葉に、何度も頷きつつ口元を押さえて声を殺して笑っていた執事だが、しばらくしてなんとか笑いを収めてから、一つ大きく深呼吸をして改めてキムに向き直った。

「失礼いたしました。私のようなものにお気遣いいただき恐れ入ります。では、お手伝いをいたしますので洗面所へ参りましょう。キム曹長の頭も、なかなかの芸術作品となっておりますよ」

「へ？　何の事ですか？」

　まさかの執事の言葉に不思議そうに首を傾げたキムは、頭上で目を輝かせて自分を見つめているシルフ達を見上げてか、無言で自分の頭を触った。

「ちょっ！　何だよこれ！　お前ら、俺の髪に一体何をしたんだよ〜〜〜〜！」

　いつもと全く違う髪の手触りに驚いたキムがそう叫び、それを見たシルフ達は大はしゃぎで手を叩き合っている。

「ううん……朝から、何を大騒ぎしてるんだよ……」

　キムの突然の大声に目を覚ましたレイが、まだ眠い目を擦りながらそう言ってベッドから手をついて起き上がる。

　そして、こっちを振り返ったキムの頭を見て、堪える間もなく吹き出して大爆笑したのだった。

『大成功〜〜〜！』

『やったやった〜〜〜！』

『新作寝癖は大好評〜〜〜！』

『わあいわあい』

『大成功〜〜〜！』

　大爆笑する彼らを見て、大喜びで手を叩き合っているシルフ達だった。

　そしてブルーの使いのシルフとニコスのシルフ達も、一緒になって先程からずっと大笑いし続けていたのだった。