楽しい休日
「では、我らは戻らせてもらうよ。あまり夜更かししないようにな」
ラプトルの手綱を受け取ったヴィゴの言葉に、あちこちから笑いが起こる。
アルス皇子を先頭に、マイリーとヴィゴ、ルークとカウリがそれぞれのラプトルに乗り、護衛の者達に囲まれて帰って行くのを整列して茂みの奥に姿が消えるまで見送ったレイ達は、笑顔で顔を見合わせて揃ってから書斎へ戻った。
「はあ、ここは暖かいな。じゃあ、後はのんびり本読みかな」
「そうだな。確かにもう少し本を読みたい」
「ええ、せっかくだから陣取り盤でひと勝負したいです」
ロベリオとユージンが本棚を見上げながらそう言っていると、目を輝かせたレイが置いたままになっていた陣取り盤を指差して口を尖らせる。
実は今日のレイは、ほぼずっとブルーの代わりに駒を動かしていたので、自分の勝負をまだ一度もしていないのだ。
「ああ、そっか。今日のレイルズはラピスの代理で駒の動かし役をしていたからな」
「じゃあ、せっかくだから僕とひと勝負お願いしてもいいかな。僕も今日は一度も参加していないからさ」
笑ったタドラがそう言って陣取り盤の前に座る。
「はい、お願いします!」
目を輝かせてタドラの前に座る。その隣に、目を輝かせたティミーが座った。
マークとキムは、書斎へ戻るなり机の上に散らかっていた資料の整理を始めていたのだが、レイの声を聞いて顔を見合わせて頷くと、片付けの手を止めてレイ達の勝負を見学するために空いたソファーに並んで座った。
「うう、もう動かせる駒がありません……参りました」
クッションを抱えていたレイが、口を尖らせながら悔しそうにそう言って両手をあげる。
「はあ、よかった。何とか勝てたね。ううん、それにしてもレイルズも腕を上げたね。武術だけじゃなく、そろそろこっちでも勝てなくなりそうで怖いよ」
なんとか勝てて安堵のため息をもらしたタドラは、笑いながらそう言って散らかった駒を片付け始めた。
「では、レイルズ様の敗因になった部分の説明をしますね」
「うん、お願いします!」
別の陣取り盤を指差すティミーの言葉に慌てたようにそう言って座り直すレイを見て、マークとキムが揃って首を傾げる。
「ええ? ティミー様が解説するのか?」
「だよなあ、どうしてロベリオ様やユージン様じゃなくて?」
不思議そうにしている彼らを見て、にんまりと笑ったロベリオが二人の肩を叩く。
「言っておくけど、陣取り盤の勝負で今ここにいる顔ぶれだったら、間違いなくティミーが最強だぞ」
「どれくらい強いかって言うと、最強と謳われるマイリーと互角に戦えるくらいに強いんだよ」
ロベリオの後に続いたユージンの説明に、マークとキムが揃って目を見開く。
「ええ? 本当に?」
「冗談ではなく?」
笑って頷く二人を見て慌てたように振り返ったマークとキムが、レイの前に置かれた盤上を見る。
そこには先ほどと全く同じ展開になるように置かれた駒があり、真顔で盤上を見つめるレイに笑顔のティミーが、先ほどのレイの守りの不備とその解決方法を説明している真っ最中だった。
「うわあ、すっげえ」
思わずそう呟いたキムの言葉に、マークはもう驚きのあまり声も無く何度も頷いていたのだった。
その後も、好きに本を読んだり陣取り盤で対決したりと好きに過ごしていたが、そろそろ眠さが限界になったティミーが大きな欠伸をしたところで一旦解散となった。
半寝ぼけで執事に連れられて下がるティミーを見て、レイはロベリオ達と顔を見合わせた。
「えっと、じゃあ僕もちょっと眠くなってきたので今夜はこのまま解散かな」
「そうだな。解散でいいと思うぞ。それに今夜はゆっくりしよう。昨日の枕戦争はかなり激しかったから、さすがに二日続けてはごめんだな」
笑ったロベリオの言葉にレイが吹き出し、遅れてマーク達も吹き出す。
「確かにそうだね。じゃあ、今夜はお休みの日って事でゆっくりしようか」
ユージンの言葉に揃って頷き、今夜はここで解散となった。
「じゃあ、この資料だけ片付けるから、レイルズは先に部屋に戻っていてくれていいぞ」
ティミーに続いてロベリオ達も部屋に戻って行くのを見送り、振り返って片付けのやりかけだった机の上を見て苦笑いしたマークがそう言ってため息を吐く。
「ええ、構わないから一緒に片付けようよ。こんなのすぐに終わるって」
笑ったレイは、壁面に置かれていた空の移動式の本棚を見て一つ引っ張ってくると、手早く机の上の資料の整理を始めた。
「そうだな。確かにその方が早そうだ。じゃあお願いするか」
苦笑いしたキムの言葉にマークも頷き、三人で手分けして次回の講義用に作った資料をまずは全部集めて整理して、それから今日ここで書き散らした書きかけの魔法陣や、思いつくままに描き散らかしたメモや資料の下書きをまとめる。
「結局、今日は合成魔法の実験は出来なかったな」
「そうだな。明日、出来そうならもう一回実験をやってみてもいいかもな」
「そうだね。でも、それはお天気次第かなあ」
笑ったレイの言葉に二人も頷き、整理した資料を移動式の本棚にまとめて並べたのだった。
書斎の読みかけの本は一旦全て片付けてもらうようにお願いして、資料がぎっしりと詰まった移動式の本棚を部屋に持っていった三人は、交代で湯を使った後も深夜近くになるまで書きかけの資料を手にしては、思いつくままに自説を述べては楽しそうに激論を交わしていた。
「また、随分と楽しそうだな」
「そうですね。とても楽しそう」
資料を手に楽しそうに討論する三人を、ソファーの背に座ったブルーの使いのシルフとニコスのシルフ達は、笑ってそう言いながら揃って愛おしそうに見つめていたのだった。




