陣取り盤と新人達
「ええと、この駒はこっちに動かして……いいな。よし!」
「じゃあ、俺はこっちからいくぞ」
入門書片手の真剣な様子のマークとキムの初心者対決が開始されたが、隣に座ったレイとルークは今のところは静観状態だ。
二人ともそれなりに考えながら打つため、進み具合はかなりゆっくりだ。
「あ、ここ取れるな!」
「おいおい、いきなり来るのかよ!」
双方の陣の展開が終わり、先頭の歩兵達がそろそろ相手と接触を始める。
意外に普通に陣が広がり盤上が進行するのを見て、レイとルークは密かに感心していた。
「へえ、全くの初心者だっていう割には、二人とも無理に駒を進めずに、しっかりと陣を展開してから攻撃を仕掛けている。なかなかやるなあ」
「だよねえ。手伝う気満々で横に座ったけど、あまりする事ないかも」
笑ったレイも、ルークの呟きにうんうんと頷きながら盤上を見つめている。
「ええと、この駒はちょっと変わった動きをするんだよな。確か、こう行ってこうだったはず……?」
騎馬兵の駒を手にしたマークが、それはそれは真剣な様子でそう呟いてレイを横目で見る。
苦笑いしたレイが大きく頷いてやると、安心したように笑ったマークがゆっくりと駒を進める。
キムも時々何やら真剣にぶつぶつと呟いては入門書を開いて駒の動きを確認したりしているが、意外に堅実に攻めていく。
「へえ、これはしっかり育てれば二人ともそれなりの腕になると思うぞ、まだ駒の動きも完全に把握していないのに、しっかり陣を展開出来ている辺りは、さすがだなあ」
少し離れたところから全体を見ていたマイリーが感心したように呟き、アルス皇子と顔を見合わせてにんまりと笑った。
しかし、中盤以降は二人とも双方の陣が完全に崩壊してしまい、その結果単なる駒の取り合いとなってしまった。
最後は見兼ねたルークが止めて勝負は引き分けとなり、改めて詳しい解説を始めていたのだった。
「まあ、これは本当に奥が深いからさ。研究の合間の気分転換に、まずは駒を動かして遊ぶといい。いつでも相談に乗るし、なんならお相手も務めるから遠慮なく言ってくれ」
最後はただただ感心して頷くばかりの二人を見て、ルークは苦笑いしている。
そしてレイもまた、初心者二人に教える気満々になっていたのだった。
「ありがとうございます! もうちょっと勉強します」
「これは確かに奥が深いですね。もうちょっと頑張って色々考えてみます」
笑顔で何度もお礼を言ったマークとキムを見て、皆も笑顔になる。
その時、ノックの音がして全員が揃って扉を振り返る。
「お、揃ってるな」
執事に伴われて笑顔で入ってきたのは、書類の束を手にしたカウリとティミーだった。
「ああ! カウリ、おめでとうございます!」
目を輝かせたレイの言葉に、マークとキムが目を見開く。
「ええ? おめでとうって事は、もしかして……生まれた?」
レイの服の裾を引っ張りながらマークが小さな声でそう尋ねる。
「あれ、言ってなかったっけ? そうだよ。お嬢さんが生まれたの!」
「そうなんですね。おめでとうございます!」
目を輝かせた二人の声が重なる。
「おう、ありがとうな。いやあ、話には聞いていたけど、冗談抜きで赤ん坊の世話って大変だな。夜もひっきりなしに泣いているみたいで、チェルシーのやつれ具合が本気で心配になるよ。助けてくださる皆に感謝だな」
笑ったカウリはそう言い、手にしていた書類の束をテーブルの空いた場所に置いた。
「で、どんな具合かと思って来てみれば、ここまで来て何をやってるんっすか」
テーブルに並んだ幾つもの陣取り盤を見て、呆れたようにそう言ってマイリーを見る。
「今日の俺はお休みの日らしいんだ。なので、のんびり遊んでいるんだよ。将来の楽しみな新人を二人も見つけたので、ちょっと機嫌が良いぞ」
「へえ、そうなんだ。そりゃあ楽しみっすね」
チラリとマークとキムを見たカウリは、嬉しそうに笑ってマイリーの陣取り盤を見た。
「じゃあ復帰祝いにひと勝負お願いしようかな」
「おう、もちろん受けて立つぞ」
にんまりと笑ったマイリーがそう言って座り直し、早速始まった遠慮のない対決にレイの後ろに並んで立ったマークとキムは、揃って目を輝かせながら駆け寄ってきたティミーと一緒に夢中になって見学していたのだった。
「はあ、ちょっと休憩だ」
ため息を吐いたマークがそう言って、空いていたソファーに座って大きなため息を吐く。
そのまま天井を見上げてしばし放心していたが、不意に起き上がってテーブルに置いてあった光の精霊魔法に関する論文がまとめられた分厚い本を手にして、そのまま真剣に本を読み始める。
キムは、さっきからずっと黙ったまま陣取り盤の入門書を熟読している。
ティミーは、カウリとひと勝負終えた後は、テーブルの上に放置されたままになっていたマーク達が作った資料の束をかき集めて、それはそれは真剣な様子で読み込んでいたのだった。




