マイリーの休日
「うん……あれ? どうしてこんなに明るいんだ?」
昼近くになってようやく目を覚ましたマイリーは、カーテンの隙間から差し込む妙に明るい光に気が付いてそう呟き、しばらく無言で考えてから大きなため息を吐いた。
「ああ、久し振りにやられたな。全く……」
苦笑いするようにそう呟き、ゆっくりと手をついてベッドから起き上がる。
「アーノック、いるんだろう? 顔を洗いたいよ」
「おはようございます」
すぐに補助具を乗せたワゴンを押した執事とアーノックが入ってくるのを見て、もう一度大きなため息を吐く。
「おはよう。今、何時か聞いていいか?」
「少し前に十一点鐘の鐘が鳴っておりました。私としましては、出来れば昼まで寝ていていただきたかったのですがね」
「もう充分、昼と言っていい時間だよ」
にこやかなアーノックの返事に呆れたようにそう言い、とりあえず手伝ってもらって夜着の上から補助具を付ける。
「顔を洗ってくるよ」
自分で歩いて洗面所へ向かったマイリーの後ろ姿を見送ったアーノックは、安堵のため息を吐いた。
「何と、この時間まで起こさなかったのに、勝手な事をするなとお怒りになりませんでしたね」
以前のマイリーをよく知る執事の驚いたような呟きに、振り返ったアーノックは嬉しそうに何度も頷いて壁に掛けられた竜騎士の制服を見た。
「ええ。以前のマイリー様ならば、こんな時間まで起こさなければ、無駄な事をするな、勝手な事をするなとお怒りになられたでしょう。ですが、お怪我をなさって以降のマイリー様は、本当に表情も豊かになったし、人の助けを受ける事を嫌がらなくなりました。まあ、これはまだ内心では葛藤もあるようですが、お休みの必要性もご理解いただけたようで、半ば強制的ではあるものの、このようにお仕事に影響が出ない範囲であるならば、これも受け入れてくださるようになりましたよ」
「話は伺っておりましたが、本当に驚きですね」
「そうですね。ですが、私は今のマイリー様の方が、以前よりも人として魅力的な方だと思いますよ」
小さな声で話をしつつ、水音のする洗面所へ向かった二人は、自分で顔を洗ったマイリーに、素早く用意していた布を渡したのだった。
「皆はどうしているんだ?」
レイ達が食事をした部屋で、用意された食事を一人で食べながらマイリーがアーノックに尋ねる。
「皆様、書斎にて読書をなさっておられます。時折、討論会のような状態にもなっています」
「良いなあ。俺も食べたらそっちへ行くよ。昨日の実技の話をもっと詳しく聞きたい」
そう言って残りの燻製肉をまとめて口に入れたマイリーは、昨日と一転して良い天気になった窓の外を見た。
「カウリと殿下は?」
「カウリ様は、いくつか溜まっている事務仕事を片付けてから来られるとの事で、まだ来られていません。殿下は朝からお越しになっておられます。今は書斎で、マーク軍曹とキム軍曹を相手にずっと楽しそうにお話をしておられます」
「あはは、あいつらの引き攣った顔が思い浮かぶよ。それで、レイルズあたりが嬉々として助けていそうだな」
オムレツとレバーフライを行儀悪くまとめて丸パンに挟んだマイリーは、面白そうに笑ってそう言いながら大きな口を開けて齧り付いた。粗野なはずなのに、どこか品を感じる不思議な仕草だった。
最後に残った赤ワインを一息に飲み干したマイリーは、満足のため息を吐くとゆっくりと立ち上がった。
「では、俺も書斎へ行かせてもらうよ。ううん、楽しい一日になりそうだな」
満足そうにそう呟き、執事に付き添われて書斎へ向かった。
「ああ、おはようございます!」
扉を開けたままの書斎の中へ入ってきたマイリーに一番先に気がついたレイが、目を輝かせてそう言って立ち上がる。
慌てたようにマークとキムも立ち上がり、ちょうど話を終えて一息ついていたアルス皇子が嬉しそうに顔を上げた。
「ああ、やっと起きてきたね。おはよう。もう食事は取ったのかい?」
「おはようございます。ええ、食事もいただいてきました。いやあ、久しぶりにゆっくりと休ませてもらいましたよ」
わざとらしいマイリーの言葉に、ルークとヴィゴが揃って吹き出す。
「おはよう。主役も来た事だし、では始めようか」
笑ったヴィゴの言葉に、マイリーが不思議そうに首を傾げる。
「今日のお前は休日という設定だからな。俺達もそれに倣って少し休む事にしたんだよ。で、時間を気にせずこれをしようと思うんだが、どうだ?」
ヴィゴの前には大きな陣取り盤が置かれている。控えていた執事がいくつもの陣取り盤を持って来てテーブルに並べるのを見てマイリーが目を輝かせる。
「成る程。それはいいな。だが、それではマーク軍曹とキム軍曹は参加出来ないだろう?」
二人を見てそう言ったマイリーに、マークとキムが笑顔で首を振る。
「実は、少し前にディレント公爵閣下から、せっかくだから覚えるといいと言われまして、陣取り盤を贈っていただきました。分厚い入門書や、初心者用の参考書も一緒に」
「それで、一応ルールは理解したので、気分転換を兼ねて時々下手なりに二人で打ったりしているんです」
「なので今日は見学に徹しますが、せっかくの機会ですので勉強させてください!」
「よろしくお願いします!」
目を輝かせた二人の言葉に、マイリーも嬉しそうな笑顔になる。
「おお、それは嬉しい。もちろん大歓迎だよ。それで、俺は誰と打つんだ?」
陣取り盤を見ながらそう言うと、苦笑いしたレイが右手を挙げて進み出てきた。
「マイリーが来たら、誰から相手をしてもらうかくじ引きをしました。それで僕が一番です。到底相手にはならないだろうけど、せっかくだからよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそよろしくお願いするよ。なんなら、ラピスの助けを借りてくれても構わないぞ」
『ほう、いいのか? ならば遠慮なく打たせてもらうぞ』
妙に嬉しそうなブルーの使いのシルフの言葉に、あちこちから笑いが起こる。
「あはは、じゃあ第一戦はマイリー対ブルーだね。僕は駒を動かす役に徹しさせてもらいます!」
笑ったレイの言葉に拍手が起こり、全員が目を輝かせて見守る中、ブルー対マイリーの陣取り盤での対決が始まったのだった。




