休日の朝食について
「おはようございます! ってあれ? まだ誰も来ていないね」
身支度を整えた三人が執事に案内されて行った部屋には、大きな丸いテーブルが置かれた広い部屋だったが、まだ竜騎士隊の皆は誰も来ていないようだ。
普段使っているのとは違う広い部屋を見て、レイの後ろを歩いて部屋に入ったところだったマークとキムの足が急に止まる。
「ああ、料理がどこにもない!」
「しかもテーブルにカトラリーだけが並んでるよ」
情けない声で小さく悲鳴を上げたマークとキムは揃って顔を覆った。
「だけど丸いテーブルって、確か……」
「おう、確か身分を気にせずって意味だったはず……」
「だよなあ、そう習った記憶があるような無いような……」
「うう、そこは覚えていてほしかったぞ」
戸惑うように顔を寄せる二人の言葉に、振り返ったレイが満面の笑みで頷く。
「そうだよ。丸いテーブルは身分を気にしないでいい、って意味で合っているよ。だから、二人も遠慮はしなくていいからね」
レイの言葉に顔を見合わせた二人は、改めてカトラリーが並べられたテーブルを見た。
「でも、料理がどこにもないって事は、執事さんが順番に持ってきてくれるって事だよなあ」
「うわあ、それだけでも俺達には充分過ぎるくらいの大問題だって」
「ええと、こういう時は……まず、どうするんだっけ?」
「俺に聞くな。教える気満々な先生が目の前にいるんだから、そっちに聞いてくれ」
困ったように自分を見るマークを見て、ため息を吐いたキムがレイを示す。
「大丈夫だって。ほら、まずは座って」
満面の笑みのレイに手招きされて揃って諦めのため息を吐いたマークとキムは、もう一度顔を見合わせて頷き合ってからレイについて部屋に入って行った。
執事の案内で、マークとキムがレイの左右に分かれて座る。
一礼した執事が下がるのを見送ったマークとキムは、既に緊張のあまりカチカチになっている。
すぐに何人もの執事達が出てきて、三人の前にお皿を並べてくれた。
目の前に置かれた一番大きなお皿には、燻製肉をはじめ、さまざまな料理が綺麗に盛り付けられている。
その横に置かれた温かなスープのお皿とパンのお皿を見たレイが笑顔になる。
「ああ、朝食は先にいただいていいんだね」
「はい、間も無くルーク様とヴィゴ様はお越しになられる予定ですが、他の皆様はまだお休みでございます」
「あはは。皆お寝坊さんだね。でも、構わないよね。マイリーには是非ともゆっくり休んでもらわないと」
笑顔で執事と話をするレイを見て、マークとキムは揃って目の前に置かれたお皿を見て首を傾げた。
「ええ? 先にいただいていいって、どういう意味だよ?」
「そうだよ。竜騎士隊の皆様が揃うのを待たなくていいのか?」
どう考えても、竜騎士隊の皆がこの屋敷にいるのを知っているのに先に食事をするのは失礼な気がするが、そうではないのだろうか?
慌てる二人の言葉に、満面の笑みになったレイが頷く。
「そうだよ。これは休日の朝食の形式なんだ。えっと、この離宮は誰かが住んでいる屋敷じゃあないでしょう? 一応、僕が勝手に使ってもいいって、陛下から許可をいただいているけど、僕はここに住んでいるわけじゃあない。まず、ここまでは分かるよね?」
揃ってコクコクと頷く二人を見てから、レイは目の前に置かれたお皿を見た。
「そこに僕達をはじめ竜騎士隊の皆が、この場合は資料作りと本読みの会の為にそれぞれ泊まりに来ている。それでもって、一番最初に目を覚ました僕達がお腹を空かせてここへ来た。朝食を食べるためにね。これも分かるよね?」
またしても揃ってコクコクと頷く二人を見て、レイは自分のカトラリーを見た。
「だけど、休日だからまだ寝ている人や、朝の準備中の人もいる。そもそも、朝食の時間は何時からですって、誰かから言われたわけじゃあない。この状態で全員揃うのを待っていたら、それこそ一番最初に来た僕らはずっとお腹を空かせたまま待っていないといけないでしょう?」
当然そのつもりだった二人が、戸惑うように目の前に置かれた料理を見る。
「ええと、つまりこの場合は、他の皆様が来るのを待たずに、俺達だけで先に食ってもいいって事?」
「そうだよ。途中で誰か来ても、気にしなくていいからね」
笑顔のレイの言葉に、二人は戸惑いつつ頷いたのだった。
「失礼致します。飲み物はいかがなさいますか?」
大きなワゴンを押した執事の言葉に、レイは目を輝かせた。
「えっと、僕はキリルのジュースをお願い。ほら、二人は何にする? えっとね、僕のお気に入りはこのキリルのジュース。秋に収穫したキリルをお砂糖で漬けてシロップを作って、それを水で割ったものだよ。酸味はあるんだけど甘くて美味しいんだ。これは、ミルクで割ってもらっても美味しいんだよ。あとはリンゴジュースとオレンジのジュースもあるね。こっちにはワインもあるから、飲むならどうぞ」
レイがワゴンを見ながら、二人の為に張り切って何があるのか教えてくれる。
仕事を取られた執事が、密かに苦笑いしつつ軽く一礼して二人を見る。
「ええと、じゃあ俺はレイルズおすすめのキリルのジュースをお願いします」
「俺もそれでお願いします」
二人の言葉に、執事が手早く二人分のキリルのジュースを作ってくれる。
「ほら、せっかくの温かいスープが冷めちゃうから先にいただこうよ」
二人にも飲み物が用意されたのを見て嬉しそうにそう言ったレイは、目を閉じてそっと手を組み食前の祈りを捧げる。それを見た二人も、いつものように手を組んで食前の祈りを捧げた。
それから顔を上げた三人は、揃って笑顔で頷き合ってそれぞれカトラリーを手にしたのだった。




